アメリカは「神の国」行きの巨大な列車だ 宗教的幻想と技術革新が生む「SF的現実世界」

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この宗教性は現在でも変わっていない。言語学者ノーム・チョムスキーの表現にならえば、アメリカの大衆文化は「最も過激な宗教的原理主義文化の一つ」なのだ。

典型的な例として、ゴスペルの名曲「People Get Ready」を取り上げよう。インプレッションズというグループが1965年に発表したものだが、マーティン・ルーサー・キングによって公民権運動の非公式な主題歌に指定され、デモでもよく歌われた。

曲は「みんな、支度しろ。列車が来るぞ」という1節で始まる。むろんこれは「黒人が真に解放される日が近づいている」ことの隠喩ながら、問題の列車は東海岸から西海岸まで、心の正しい者を拾って、なんと中東のヨルダンに向かう。

地理的にはありえない話ながら、それは問題ではない。ここでいう「ヨルダン」は、人々に救済をもたらす「神の国(千年王国)」のことなのである。現に歌詞は「乗車券なんか要らない。ただ神に感謝するんだ。罪深い人間のための席はない」と続いた。

アメリカの大衆文化において、西部開拓はしばしば千年王国建設のイメージで捉えられる。だからこそ「列車に乗って約束の地に行く」ことになるのだ。ノーベル文学賞を取ったボブ・ディランも、1970年代末、キリスト教原理主義に傾倒したが、そのとき発表されたアルバムは『Slow Train Coming』、つまり「遅い列車がやってくる」と題された。

思考実験としてのアメリカ

幻想が合理主義と結びついている点で、アメリカのあり方はSFに極めて近い。SF作家ノーマン・スピンラッドなど、ずばり「アメリカとは現実世界を舞台にしたSF的思考実験である」と述べた。

アメリカが独立したのは、政府といえば王政が当たり前だった時代である。ところが新大陸の建国者たちは、先に紹介したトマス・ペインの言葉どおり、過去のしがらみがない土地でなら世界を一からつくり直せると考え、完全な民主制国家を樹立した。

以後のアメリカ史は、ヨーロッパでは考えられない社会実験の繰り返しと言っても過言ではない。それは「アメリカは巨大なファンタジーランドとして、世界の注目を集め続けてきた」というアンダーセンの主張とぴったり重なる。

しかもSFにおける幻想は、多分に宗教的な色彩を持つ。SFやホラーで知られる作家ハーラン・エリスンも、自分の作品に最も影響を与えたものとして聖書を挙げた。SF、わけてもアメリカのSFは、宗教的幻想と、テクノロジーをめぐる夢想を融合させたものと言えよう。

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