《財務・会計講座》NPV法による投資判断~NPV=0とは何を意味するのか(事業リスクと超過収益力)~

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■競争優位があって初めて超過利潤は生まれる

 では、どのようにしたら、この超過利潤は生まれるのであろうか?自社は他社に比べてこの事業を遂行するにあたっての「競争優位性」を持っているから、他社を上回る利益が出せるのである。この競争優位性の源泉は、特許や特殊な技術、政府による保護、特殊な販売網や優秀なセールスマンといったような、他社にない自社の特別な能力やポジションである。そう考えると、NPVはそう簡単にはプラスとはならないことが理解できよう。

 プロジェクトを定量分析しNPVがプラスであるから実施しようと即決する前に、なぜ自社が実施すると他社よりもリターンが大きくできるのか?その源泉である競争優位性とは何で、どの程度強く、またその競争優位性はどの程度の期間維持可能であろうか?等々を自問する必要がある。つまり算出されたNPVの大きさをサポートできるだけの強い競争優位性は自社に本当に存在するのかという質問である。

 再度NPVの計算式に戻ろう。

NPV=Σ CFn/(1+r)^n−初期投資額

 NPVが大きいと言うことは、(1)CF(キャッシュフロー)が大きい、(2)r(割引率)が小さい、の2つの原因がありえる。また(1)は更に、以下の2つのケースに分解できる:
(1)−a: 競争優位性が高いために、本当に実力としてCFが大きい
(2)−b: 競争優位性はほとんどないのだが、なぜかCFが大きい(つまり事業計画がバラ色すぎて現実的ではない)

 (2)の場合は、使用した割引率がキャッシュフローのリスクの大きさに比べて小さすぎるのではないかということを示している。新規事業の評価に使う割引率に、自社の現状のWACC(加重平均資本コスト)を適用した場合に良く起こる事象である。新規事業は本当に現在の自社の既存事業の平均的なリスクと同じ大きさなのだろうか、と考えてみる必要がある。新規事業のリスクが自社の既存事業よりも大きいのであれば、新規事業のリスクの大きさに見合った高い割引率(同様の事業を展開している他社が存在し、その企業が上場している場合は、その企業のβ値から推定できる)を適用する必要がある。

 新規事業の評価に当たっては、その事業にかかわる自社の競争優位性の強さを判定すると同時に、その事業のリスクに大きさに見合った適正な割引率を設定することが重要となる。新規事業への参入にあたっては、まずは、まさに戦略ありきで、その新規事業は自社の全体的な戦略から見て本当に意味があるのか(「間尺に合うか」)を検討することが肝要である。そのうえで、自社が持つ競争優位性を勘案して自信が持てる現実的な事業計画を策定し、その事業計画が生み出すキャッシュフローをその事業のリスクに大きさに見合った適正な割引率で割り戻した結果として、本当にNPVはプラスとなるのか(その投資は「算盤にあうのか」)を検証していく必要がある。

次回はNPVと金利の関係について取り上げます。
《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年8月7日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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