1年間を通じて医学概論を指導し、直前期に私の特訓を受けたM君は、この2次試験によって、最終的に難関の東京慈恵会医科大学に合格した。
面接官である教授らしき人物から指摘されているように、「村長」と「島民」で選択肢が異なる、という答えは確かに違和感がある。しかしながら、多くの受験生が意識して取り組まなかったであろう利益衡量の枠組みを、面接の中で明示できている点は、ポイントが高かったと考えられる。
つまり、①AIロボットの島への導入のプラス面→AIの判断による精度の高さや常駐期間の長さ、導入経費の負担の軽減、過重労働への対応度、②人間の医師の訪問によるプラス面→生身の人間である医師による高齢患者への対応や寄り添う医療の重要性、人と人のふれあいにより生まれる地域の和、人間としての多様な会話の実現、といった、①②の価値を比較衡量し、最終的に②を選択している点が妥当な着地点といえるのだ。
もちろん村長の観点からは、高齢者の多い島民の生命の保護と健康の増進を考慮しているのに、島民の答えとして、自らのことだけを考え公共的視点が欠如している点は、反省点がないわけではない。重視すべき「公」の視点が「私」の視点に転換してしまい、面接官も、その点が違うと指摘しているのであろうからだ。ただ、そうした齟齬(そご)はM君の内に育まれた医師の能力資質を否定するものではなく、結果的に難関を潜り抜けたのである。
結局、面接で問われるキーワードとは?
冒頭で予告したように、最後に重要な指摘をしておかなければならない。それは医学部の2次試験のうち、面接で問われるキーワードとして、「高齢者」「コミュ二ケーション」「利益衡量」「公共性」などが浮き彫りになってきている点だ。この状況はほかの医学部でもおおむね同様である。
複数の教え子からの情報によると、「手術承諾書に同意しない高齢患者を説得する実演の面接」(2017年東邦大学医学部)、「献血者の減少について集団で議論する」「親の考えで生まれてきたドナーベイビーはどういう心境かについて意見を述べる」(以上、2018年東邦大学医学部)、「医学部で実習をやらなくていいと言われ周囲がやめようと言い出したらどうするか」(2018年東京医科大学)、「高齢者がぺットを飼うことについて集団で議論する」(2018年金沢医科大学)、「医療の世界ではどういうリーダーシップが望ましいか」(2018年獨協医科大学)など、これらは枚挙にいとまがない。
団塊の世代が後期高齢者にこぞって参入する、2025年の超高齢化社会を前に、大学医学部が高齢者医療とどう向き合うかを真剣に考えていることが推察される。また、与えられたテーマに内在する問題点を瞬時に整理・類型化し、価値対立を調整する能力を見たい、と考えていることもわかる。短視眼的ではなく、普遍的な大きな枠組みで回答できているかも、問われている。医学部の面接の現場では、一朝一夕には身につかない、思考力が求められているのだ。そうであるがゆえに、今年、指導の現場で現れたように、従来とは異なり、面接試験が学科試験の点数を”逆転”する状況も、徐々に生じてきているのである。
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