「公園のSL」を再び走らせた天上の元機関士 動くからこそ伝えられる鉄道技術がある

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大日方氏との初対面の日、「圧縮空気で走行するSLとして全国で最も理想的なものは何か」と質問をした。心の中では私自身の居住地近隣のD5270を思い浮かべていたところ、大日方氏の返答も同じだったことに驚いた。それならば、何とか圧縮空気による走行を実現できないか。初対面の2人がその時点から意気投合した。

大日方氏は山北町のD5270の保存体制に深く心を打たれていた。雨にさらされないよう車体は屋根で覆われ、通常ならペンキ塗りされてしまうロッド類はサビに負けないよう油で磨き上げられている。また動いてもらいたいという強い願望があるのか。だとしたら、自分が願いをかなえたい。国内最大級の機関車を圧縮空気ごときで動かす仰天のマジック。SLは熱効率では最悪といわれるが、機械効率では非常に優秀なのである。平坦な短区間ならわずかな圧縮空気でも簡単に動いてしまう。

D52の整備を行う大日方氏(筆者撮影)

早速、国鉄OBを中心として組織される山北鉄道公園保存会に、圧縮空気走行の提案をした。当時、同会の会長を務めていた関亀夫氏は新大阪から東京まで新幹線上り第1号列車を運転した名誉ある1号運転士である。その関氏から、「この機関車がまた動けるとしたらすばらしいこと。仲間に話をして実現できる方向を目指したい」という積極的な返答があった。

行政も異例の速さで動き出す

保存会の同意はすぐに得られた。行政側も実現を目指して動き出した。通常、行政の対応は年単位。しかし山北町の対応はまったく異なり、議会は超党派全会一致でプロジェクトを承認し、国の地方創生資金活用を前提として異例の速さでプロジェクトが進行した。地元商工会等も「鉄道のまち山北」のブランドを再興すべく、地酒の限定ラベル「俺達のD52」、絵本『デゴニものがたり』等さまざまな関連商品を生み出した。御殿場線の史実を記載した絵本は地元幼稚園児の劇として地域の史実伝承題材となった。

さまざまな関連商品が作られた(筆者撮影)

わずか12メートルではあるが展示軌道の延伸が確定した。将来の保守と本線としての耐久性を考え、最新式の鉄道総研式ラダー軌道が採用された。古風な機関車と最新軌道とのミスマッチは、今後の発展性を視野にいれた大日方氏のアイデアである。

お披露目走行の2週間前、大日方氏は機関車の再塗装をボランティアでやりたいと言い出した。日頃各地の蒸機整備に同行する宮崎鉄工所の宮崎知久氏と私が真っ暗でどこを塗ったかもわからない時間まで共同作業して外観的な美しさも復活させた。

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