かつて民主主義は資本主義と蜜月関係だった

なぜ民主的でないルールが広がったのか

1968年のパリ五月革命。若者たちが求めた自由は、資本主義の過剰生産のはけ口だったのか?(photo by Rolls Press/Propperfoto)

最近、資本主義経済の未来に対して、悲観的観測が多い。リーマンショック以後10年が経とうとしているのに、資本主義社会にこれといったしっかりとした復活の兆しがあるわけではない。先進国の成長率は1%前後である。成長から生み出される利潤が資本主義の勢いの源泉ならば、もはや資本主義はその勢いを失っているとしかいいようがない。

経済がうまくいかなくとも、政治がよければまだましだが、最近はその政治のほうもよくない現象が起きている。日本においても、世界においても、かつてのような民主主義的な議論が乏しくなりつつある。民主的過程を経て、何かが決まるのではなく、先に何かが先行し決まっている、という感じだ。それに対する批判も、ほとんど問題にさえされないときているので、ストレスは溜まる一方である。

資本主義と民主主義が、ある時代、確かに相携えていたことは間違いない。それがなぜこうなってしまったのか。それは資本主義の限界と関係しているのではないか。実際、経済学者は資本主義の問題については語るが、民主主義の問題については語らない。また逆に政治学者は、民主主義の問題については語るが、資本主義の問題については語らない。だから資本主義と民主主義との関係はよくわからないといったところであろう。

ドイツの社会学者、ヴォルフガング・シュトレックは『時間を買う―先延ばしされる民主主義』(2013)と『資本主義は終わるのか?』(2016)という書物の中で、この問題を「公共社会学」という分野からうまく説明している。この議論を踏まえながら、資本主義と民主主義の問題について考えてみたい。

民主主義が資本主義と蜜月だった時代

思えば、資本主義にとって蜜月というものが、今から50年前にあった。高度成長期である。経済成長の恩恵は、津々浦々に流れ、自動車や電気製品など耐久消費財がボンボン売れ、不動産も売れていった。市民社会という言葉が語られ始めたのは、そのころのことであった。「栄光の30年」「高度経済成長」という言葉に代表される、先進国に起こった豊かさは、資本主義の勝利を意味していたかに見えた。

この豊かさの中で、機会の平等という民主主義を、人々は満喫したといってよい。ビートルズ旋風やヒッピーといった市民文化が、それまでのクラシックな文化を押しのけて、さらに学生運動が象牙の塔の権威を破壊していった。

それまでの階級闘争としての労働運動が、賃上げ闘争としての労働運動に変貌し、急進的革命政党の時代が終わり、穏やかな革新政党の時代が生まれたのもこのころである。

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