かつて民主主義は資本主義と蜜月関係だった なぜ民主的でないルールが広がったのか

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ネオ・リベラリズムが狙ったのは、賃金上昇やストライキの撲滅であったからである。民主的権利意識が利潤率を低下させ、経済を停滞させたとすれば、それを廃除する方法が必要だ。自由主義による規制撤廃と新たな規制の制定は、それまでの経済成長を支えてきた労働組合による賃上げと、高度福祉社会を崩壊させることを目標とするようになった。

一つの実験場であったEU

EU(欧州連合)はその一つの実験場であったともいえる。国家の中では、国民の民主的意思が常に反映されている。民主的に選ばれた政治家は、常に民衆の動向に注目しなければならない。しかし、国家を越えた組織をつくれば、その必要はない。EUという組織は、いわばそうした組織の実験場である。

議会はあるものの、議会で選ばれた者がEUを運営しているのではない。ブリュッセルにあるEUの理事会(各国政府の代表で構成されている)に決定権があるのだが、各国の首脳は、EU事務局が用意した問題を協議するのに忙しく、しかも各国の利害が存在する中、意思統一などできない。すべてはEUの官僚と経済界に委ねられているといってもよい。国家を越えたグローバル権力は、国家が培ってきた民主的ルールを飛び越えてしまう。民主主義の崩壊である。

ヨーロッパの選挙で、EU離脱が常に話題になるのは、極右や極左が過激だからではない。まさにこうしたEUに潜む非民主的ルールというものへの、人々の怒りが爆発しているからだ。

すでにこの問題は、2005年のEU憲法批准の際、フランスの国民投票の否決で示されていたのである。しかし、フランス政府は国民の意思よりも、”非フランス国民”の意思であるEUの権力に屈し、EU憲法を批准してしまった。

EUの非民主的問題はTPP(環太平洋経済連携協定)などの自由貿易協定の中にも現れている。国民にその内容がほとんど示されず、どんどん進められていくというやりかたは、EUのそれとよく似ている。経済界と官僚主導によって、一部の人々だけが彼らの利益のためにだけものごとを決めているのでないか、という不満は、まさにこうした密室での決定から生まれるものである。

今やそうした過程は、グローバルな協定だけにとどまらない。国内の法律ですら、グローバルな動きに引きずられるように、制定されていっているのである。政府は国民を忖度するのではなく、他国の首脳や経済界を尊重して、どんどん新しい法律をつくりあげていく。まさにそのさまは、グローバル化という魔力が国民主権を危機にさらし、市民権を奪い去ろうとしている姿でもある。なるほど地球は今、一つの世界国家に近づきつつあるという表現ができるかもしれないが、その実態は資本とその代弁者であるエリートによる世界国家にすぎない、ともいえる。

次の言葉に注意すべし! 「弱いものは、いつも奇跡を信じることで救いを求めたものだ。空想の中で敵をやっつけ、その敵に勝ったものだと思いこみ、やがて待ち受ける未来や、やる気もないことを、ただほめたたえることで、現在を理解する力を、まったく放棄するのだ」(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』)。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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