マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」 フランス大統領選挙の世界史的な意義

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すでに、彼に対する積極的支持の希薄さについては触れたが、それ以上に、反既成政党、反エスタブリッシュメント、反EUを掲げた政党の得票数は、第1回投票で投票者の約半数(49.6%)に及んでいる。同様に、有権者の棄権(24.66%)、投票者の白票・無効票(それぞれ8.57%、2.28%)は記録的なレベルに達している。これらが示すのは、厳しい気象条件の下でマクロン政権が船出するということである。

より具体的には、先の投票者のプロファイル分析で示したような、地理、階層、職種、世代、性別その他の多くの属性にまたがり走っている分断線を、マクロン政権がどのように埋めていくのかが問われる。これについては、魔法のような解決策がない中、希望に満ちたレトリックと細かい施策を組み合わせて、選挙戦では売ってきたが、基本的にオランド政権の路線を引き継ぐ分、不満がさらに堆積する可能性がある。

5年の任期で「厚いドイツの壁」を突き崩せるか

3重問題の最後に、対外政策においても、EUや独仏枢軸を重視する路線を打ち出した分、ドイツ主導の緊縮財政をただ単に継続するだけに終わる可能性もないわけではない。実際、オランド政権も2012年の大統領選挙時には緊縮財政の打破を打ち出していたのだが、ドイツの固い壁にはね返された格好である。

これは、ドイツの世論や政権(のスタンス)次第という要素が大きいのだが、それが大きく変わることは今のところ見通せない。

ドイツ国民の9割が対抗馬よりマクロン氏を支持する中で、ユーロ圏の共通予算・財務大臣など、フランス政府が伝統的に志向してきた方向へ、少しでもドイツを動かすことができるのか、それとも独仏協調の名の下で再び緊縮財政を継続して終わるのか。これが外政で突きつけられている最大の課題であり、それはひるがえってフランス社会経済構造の劣化を放置するのかどうかに直結する。若者の失業や雇用不安の問題に対処する政策資源を、ドイツとの関係の中で確保できるのか、それともそうした問題を固定化するEUやフランス大統領であり続けるのか。

こうした意味で、マクロン新大統領の選出は、向こう5年という時間を稼いだとともに、その時間的資源をうまく使わなければ、一層の政治的両極化を許し、ルペン大統領への道を拓(ひら)くかもしれないという本当の意味での岐路を意味しているといえよう。

遠藤 乾 北海道大学法学部・公共政策大学院教授

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えんどう けん

遠藤 乾(えんどう・けん)1966年東京生まれ、北海道大学法学部・公共政策大学院教授。専門は、国際政治、EU論。オックスフォード大学政治学博士。J・ドロール欧州委員長が作った欧州委員会内諮問機関「未来工房」で専門調査員として勤務したほか、欧州大学院大学でブローデル上級研究員、パリ政治学院・国立政治大学にて客員教授、東京大学・京都大学などで非常勤講師を務め、教鞭をとった。他にも、読売新聞コラムニスト、外交フォーラム書評委員を歴任し、最近ではコミュニティ・ラジオ三角山FMで「遠藤乾のフライデー・スピーカーズ」のパーソナリティも務める。近刊の主著に『統合の終焉―EUの実像と論理』(岩波書店、2013年)、英文著作にThe Presidency of the European Commission under Jacques Delors: The Politics of Shared Leadership (Macmillan/St Martin’s, 1999) がある。主要編著に『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史――史料と解説』(名古屋大学出版会、2008年)、『グローバル・ガバナンスの最前線――現在と過去のあいだ』(東信堂、2008年)、『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(有斐閣、2010年)、共編著に(山口二郎・山崎幹根と)『グローバル化時代の地方ガバナンス』(岩波書店、2005年)、(鈴木一人と)『EUの規制力』(日本経済評論社,2012年)、共著に(A・ネグりらと)『非対称化する世界―〈帝国〉の射程―』(以文社、2005年)、(徐友漁らと)『文化大革命の遺制と闘う―徐友漁と中国のリベラリズム』(社会評論社、2013年)などがある。

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