「いきなり!ステーキ」は社長も非常識だった 安倍晋三首相に宛てた渾身の手紙とは?

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――その後業績は回復した。反転攻勢のきっかけは何だったのか。

2010年、8キログラムの肉の塊を店内で切って提供する「ワイルドステーキ」という商品を開発したのがきっかけだ。300グラムの肉をライス付きで税込み1000円(当時の価格)で販売するというのは、普通に考えたらあり得ない。お客さんは1回食べておいしければ、何回も通うし、口コミで評判を広げてくれる。それによって、売り上げがどんどん増え、5年ぶりに最終黒字になり、継続企業の疑義注記を外すことができた。

一瀬邦夫(いちのせ くにお)/1942年静岡県生まれ。山王ホテルの調理場勤務などを経て、1970年に「キッチンくに」を開業。1985年くに(現ペッパーフードサービス)設立、社長に就任(撮影:尾形文繁)

そこからがドラマなんだ。2012年の3月には「“UENO3153”ビルにペッパーランチの店を出さないか」という誘いがあった。僕は、19歳のとき、上野の西郷さんの下にある聚楽台(じゅらくだい)というレストランでコック見習いとして仕事をしていた。

3153ビルはその聚楽台があった場所。話が来たときに、僕は躊躇しなかった。76坪で家賃300万円という無謀な条件だったが、上野駅の真ん前に大きな看板が出れば「ペッパーランチは死んでいない」と皆が思うと考えたからだ。2012年の9月にはオープンにこぎ着けた。

ペッパーランチは券売機をなくして提案型の接客を強化したことや、肉の品質を上げたことが効いた。ペッパーランチは2014年2月に食中毒事故前の売り上げをようやく超えた。本物の復活につながった手応えがある。既存店売上高の前年同月比超えも50カ月以上続いている。

厚切りステーキのブームは、文化になる

――いきなり!ステーキも、2016年からいすを導入したり、値下げと値上げを繰り返すなど、試行錯誤を続けてきた。

高級ステーキの立ち食い化、これがお客さんに支持された要因のひとつ。だけど、いすを必要する人がたくさんいることに気づいた。いすを置くことにしたのは小さい子どもを連れた家族と、シニアのためだ。回転率への影響はない。いすがあるからといって、歓談しながら1時間以上滞在するようなお客さんは、うちの場合は少ない。

価格を頻繁に変えているのは、円高が進んだときに利益還元を積極的にやっているからだ。反対に、為替相場が円安に振れたときは商品価格を上げないと取引先や従業員に迷惑をかける。

――糖質制限に後押しされたステーキブームもいつかは終息するのでは?

業態がヒットした理由は「本来は高級で手が届かないものが気楽に食べられる」ことだ。肉食は人間の本能を刺激しており、忙しく過ごす現代のニーズにも合っている。厚切りステーキを気軽に食べるという文化はこれまで日本にまったくなかった。このブームは文化になる。本当にそう思っている。

常盤 有未 東洋経済 記者

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ときわ ゆうみ / Yuumi Tokiwa

これまでに自動車タイヤ・部品、トラック、輸入車、楽器、スポーツ・アウトドア、コンビニ、外食、通販、美容家電業界を担当。

現在は『週刊東洋経済』編集部で特集の企画・編集を担当するとともに教育業界などを取材。週刊東洋経済臨時増刊『本当に強い大学』編集長。趣味はサッカー、ラーメン研究。休日はダンスフィットネス、フットサルにいそしむ。

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