アパレルに技術的革新はないそれでも主力事業の利益の30%はR&Dに | 愚直に続けたから 成功した、 ワケじゃない

アパレルに技術的革新はない<br />それでも主力事業の利益の30%はR&Dに

アパレルに技術的革新はない
それでも主力事業の利益の30%はR&Dに

石川康晴
ストライプインターナショナル社長

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2013年、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本代表に選出されたのは、ストライプインターナショナル(当時クロスカンパニー)の石川康晴社長。現在、カジュアルブランド「earth music&ecology」を中心に、アパレルからライフスタイルまで幅広いアパレルの業態を目指して、日々活動を続けている。岡山という地方で創業し、今や世界を見据える石川氏の飛躍のきっかけとは何か。そして、アントレプレナーに付きものの愚直さ以外に必要なものとは。


セレクトショップからSPAへの転換
大手の残反を「内緒で」使用

――石川さんが、アパレル業界を志した理由とは何でしょうか。

石川一言で言えば、幼い頃から洋服が好きだったからです。祖母が日舞の師範で、母親も親戚も日舞をやっていました。みんなが集まると、帯と着物の話を楽しそうにするんです。それを見ていて、子ども心になんだか楽しそうだと思ったのが最初のきっかけです。

 自分も何となく色の組み合わせなど気にしながら、紺色のシャツにベージュのズボンをはいて親戚の集まりに行くと、「今日の合わせ方いいね」なんて褒めてもらえる。子どもながらに褒めてもらえるとうれしいですよね。それから、お年玉をすべて洋服に遣うようになり、のめり込んでいきました。

 中学2年のとき、DCブランドが流行していて、なかなか買えないほどの人気がありました。あるバーゲンセールのときに早朝5時半に店先に並んで、10時開店と同時に店内に飛び込みました。前の週から下見をしているので、一気に選んで、一番にレジに行く。そのとき、販売員のお兄さんから「先週も来てたよね。そんなに洋服好きだったら、洋服屋になればいい」と言われたんです。それがきっかけとなって、「将来は洋服屋をやる」と決めました。

――1994年に現在の会社の前身であるセレクトショップをオープンさせますが、そのときは、どのようなお店を思い描かれていましたか。

石川そのときは、岡山でいちばんカッコいいお店を目指していました。実はそれを実感できた瞬間があります。たまたま岡山駅に行ったとき、在来線の上りと下りのホームに、うちのショッピングバッグを持った人が大勢いたんです。当時は「クロス」というショップ名だったんですが、地方都市の岡山に上下線で計数十人もいるのを見て、一つ目標が実現できたと思いました。

 当時は、年20回ほどフランスやイギリスにヨーロッパデザインのものを買い付けに行っていました。ほぼ隔週ですね。いちばん儲かったときは年商4億円、営業利益は2600万円でした。仕入れ専門の業態で約6.5%の営業利益を出せたので順調でした。買い付けたものの消化率がかなり良かったので、高い利益率を上げることができたと思います。


――99年に業態をユニクロのようなSPA(製造小売り)に転換します。どうしてSPA事業に進出したのでしょうか。

石川実は、セレクトショップ時代にも、SPAのまね事のように、オリジナルブランドのTシャツをつくっていたんです。アメリカから仕入れた無地のTシャツにプリントするという単純なものでしたが、それが飛ぶように売れていました。粗利率も高く、全体の収益にも貢献してくれました。と同時に、当時ヨーロッパやアメリカに行っていたとき、SPA業態のアパレル企業の存在が気になっていました。調べると自社製品、自社生産、自社マーケティングをしているらしい。

 そこで、創業4年目に業界で布帛(ふはく=織物)と言われる商品であるワンピース、パンツ、スカートにチャレンジすることにしました。しかし、そこからジャケットやデニムをつくるとなると別次元の知識やノウハウが必要になります。

 岡山はデニムの産地ですから、つてを頼って、製造工場の方と知り合いになって、デニムの製造を依頼することができました。ただ当時は規模も小さく、一反50メートルのデニム生地を買っても、売り切る力がない。当時は大手ブランドが残した4~5メートルの残反(ざんたん=残りの生地)を内緒で買わせてもらって、使っていました。少ロットからのスタートでした。


大事なのはリスクマネーの設定
「KOE」は赤字が50億円になれば即撤退

――新しく事業を始めるにあたっては、よくケーススタディをされているようですね。

石川結構なケーススタディおたくです(笑)。今なら自動車業界にすごく興味があります。自動車業界には新車、中古車、レンタルというそれぞれの市場がありますが、アパレル業界はそうしたジャンルがまだ確立されていません。

 自動車業界は今や中古車ディーラーがいちばん粗利を稼いでいるとも言われていますが、これからアパレルでも中古マーケット、レンタルマーケットが伸びていくと考えています。その業態を調べるうえでも、先頭を走っている自動車業界が参考になるんです。

 もし、各論としてもっと深くレンタル事業を参考にしたいと思ったら、大手レンタルチェーンをベンチマークしますし、もう少し概念を拡げてシェアリングエコノミーとして見るならば、海外のネット企業をベンチマークします。同業者から学ぶことも3割くらいはありますが、大半は異業種から学ぶことが多いです。それがいちばんの私の勉強です。

――新規事業のほか、何か思い悩んでいるときにもケーススタディはしますか。

石川悩んだときも、たくさんのケースを見ます。たとえば、建築家が良い建築物を見ることがケーススタディだとすれば、経営者のケーススタディは良い経営者と会うことだと考えています。良い経営者と会うと、新しいビジネスモデルやシステムを学ぶことができます。

 アパレル業界は、自動車や家電などの製造業と違い、技術的なイノベーションは起こりません。理系ではない業界なので、もともと技術的な革新は捨てています。だからこそ、業態の新しい組み合わせや売り方を、業界初のイノベーションとしてとらえている。レンタル事業についても、自動車業界や音楽業界ではすでに当たり前となっていますが、ことアパレル業界ではわれわれが初という考え方になるんです。

――駅ビル出店やテレビCM投入など「業界他社と違うこと」をして成功されています。ほかと違うことをするにはリスクも伴いますが、そこに至るまでにどのような判断をされるのでしょうか。

石川私がいちばん大事にしていることは、新しい事業を始める前に必ずリスクマネーを決めていることです。これでダメならやめるという、撤退基準を設けるんです。最近ですと、「KOE」というグローバルブランドを立ち上げているんですが、こちらのリスクマネーは50億円と決めました。ですから、50億円の赤字になるまでは、振り向くことなく突き進む。ただ、赤字が50億円に乗った瞬間に、もしグローバルで1000店舗あっても、撤退します。

 われわれが成長してきた成功の秘訣は、一つは撤退基準を設けていることにあります。たとえば、経験のないアイスクリーム事業を立ち上げたときのリスクマネーは低めに設定しました。経験がないので、粘らない。一方、レンタル事業は、まだ日本にないプラットフォームです。これはやりがいはあるため、長期戦が必要だろうと、通常より高めの金額に10年という時間軸も入れて設定しています。10年で離陸できない場合はレンタル事業はやめようということです。

 現在、われわれはグループで30ブランドを展開していますが、どんな新規事業を立ち上げる際にも、単年利益を考えていません。つまり撤退基準を設けているということは、新規事業の勢いを止めない秘訣でもあるんです。

――撤退基準を設ける一方で、投資も積極的にされています。

石川前年の主力事業の営業利益の3割を翌年のR&D(開発投資)に回しています。キーワードは「3割」です。この会社が伸びている秘訣は、実は積極的な開発投資だと思っています。たとえば、「earth music&ecology」はわれわれの主力ブランドですが、この1本だけに頼らない。いつか終わるからです。だから次の事業に投資しなければならない。それにはつねに3割を掲げて、次の事業、次のマーケットにいく必要がある。このルールが変わらないかぎりは、この会社はつねに種まきをしながら、伸びていくと思っています。

 また、一度撤退したあとに、同じ分野に再度挑戦することもあります。私は創業5年目でセレクトショップという業態をやめましたが、実は創業10年目でもう1回スタートさせています。今年も「GARAGE OF GOOD CLOTHING」という大人の女性向けにブランドを立ち上げました。失敗から学ぶことで、過去の業態を見直して、もう1回チャレンジすることも必要だと思っています。


創業時から愚直に貫いた
現場の「不安」宝探し

――石川さんが、創業時からこれまで愚直に続けてきたことは何でしょうか。

石川現場主義ですね。毎年正月に福袋を売るときは、各地でレジ補佐をさせてもらっています。いろんな地域に行くんですが、大事にしているのは社内の上層部が行かない地域に行くということです。去年は北海道の駅ビルで会員向けのカードフェアを手伝いました。日曜の午後2~4時は忙しいので、そこで袋詰めの手伝いをしました。ほかにも大阪の梅田で接客をしたり、月に4~5回は行っていますね。

――それはご自分ではどのような効果があるとお考えですか。

石川一つは本社と本部にいたくないんです(笑)。逃げるんです。社内にいると会議地獄で追いかけ回されるので、思考が停止してしまう。移動時間で問題を整理して、それから現場を見て、カスタマイズして、本社・本部に戻ってくると会議で脂が乗った発言をすることができる。私にとって、移動と現場は非常に大事な機会なんです。

 もう一つは、やはり現場に行くとスタッフが喜んでくれるんですよね。夜は店が終わると懇親会もします。現場に行くと競争相手も生で見られますし、スタッフの顔色も見ることができる。そのとき大事にしているのは、スタッフに「困ったことはないか」と必ず聞くことです。これは創業時からの口癖なんですが、みんなが言い返してくることも決まっていて、「ないです。先輩はいい人ばかりです」と言う。しかし、私はそのとき必ず「ウソをつくな」と言います。絶対あるはずだと言って、あくまで聞き続けるんです。

 そのとき聞いた1人の不安、1人の悩みというのは、だいたい多くのスタッフの共通した不安であり、悩みなんです。それを現場で掘り出して解決していくと、会社に対する満足度が上がっていく。現場はマーケティングを見ることも大事ですが、社員の満足度を上げるために不安を探しにいくことも大事なんです。いわば、自分にとっては、「不安」宝探しのようなものなんです。

――では、愚直以外に、自分で成功のもとになっていると思われるものは何でしょうか。

石川路線転換です。セレクトショップからSPAに路線転換したと言えば、簡単に聞こえますが、会社の構造はすべて変わります。ファッション誌中心にプロモーションをやっていた会社がテレビCMに打って出るとすれば、これも広告費の予算が大きく変わってきます。

 または、ファッションビルを中心に出店していたものを、駅ビルに変える。さらに駅ビルからSC、ロードサイドに出店していく。ドメスティックからグローバルにするために、アメリカやフランスの会社に出資したり。中国や台湾にも現地法人を出す。戦略と言えば、戦略なんですが、そうした路線転換を意思決定することが成功への秘訣になっていると思います。

――そうした路線転換をされる際に、不安はありませんか。

石川ずっとケーススタディしていますから、不安はありません。それがピンときた瞬間に体はもう動いています。さまざまな意見を聞いて納得できないことでも、1~2年考えていると、「今動くべきだ」と思う瞬間があるんです。頭の中で、たくさんの惑星がいろんな軌道を回っていて、それが、ちょうど一直線になる感覚というんでしょうか。「あ、ここだ」っていう。これは理論的な部分もあるんですが、直感的にそう思うときが来るんです。


目指すは「ネオアパレル」
その先は最も給与の高いアパレル会社に

――2013年にEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本代表になられたことは、石川さんにとってどんな意義がありましたか。

石川実は今手掛けているグローバル戦略ブランド「KOE」に影響を与えたのが、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーでした。世界大会に日本代表として出場するためモナコに行きましたが、当時、年商が1000億円に到達するタイミングで、国内外で1000店舗展開していました。ですから、世界大会では優勝する自信もあった。発表前日に風呂の中で優勝スピーチの練習をしていたくらいですから(笑)。でも、優勝したのは、インドの銀行でした。そのとき帰りの飛行機で考えたのは、自分の会社はまだドメスティックだということです。確かに年商1000億円、1000店舗のグローバル企業であり、CSR(企業の社会的責任)も果たしているとアピールしたものの、所詮ほとんど国内で売り上げている。モナコで勝つには、やはりグローバルでなければと思ったんです。

 ただ、グローバルで勝負するなら、ライバルがやってこなかったことをやらなければならない。われわれが目指しているのは、エコロジーやフェアトレードといった社会にとっても良いことです。当時ちょうど立ち上げを発表したブランドが「KOE」で、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーはCSRも評価してくれるんですが、その意味でも、グローバルとCSRを掲げたブランドでなければいけないと改めて痛感しました。「地球の声を聞こう」という間接的にエコを意識した概念なんですが、「VOICE」と英語の名前にせず、「声=KOE」という日本語の名前をつけた。その意味で、今世界に照準を合わせているんです。

石川康晴(いしかわ やすはる)ストライプインターナショナル 代表取締役社長兼CEO1970年12月15日岡山市生まれ。岡山大学経済学部卒。京都大学大学院在学中。公益財団法人 石川文化振興財団 理事長。内閣府男女共同参画推進連携会議議員。94年創業。95年、クロスカンパニーを設立。99年に「earth music&ecology」を立ち上げ、売上高はグループで1200億円を超える。グループ従業員は約4600名、店舗は国内外合わせて約1300店舗まで拡大。 2011年9月には中国に進出。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集める一方、女性支援制度の充実、地域貢献活動へも積極的に取り組む。2016年3月に、ストライプインターナショナルに社名を変更。2016年7月、企業家大賞受賞。

――今後の目標について教えてください。

石川今「ネオアパレル」を目指しています。これは参考にすべきケーススタディがありません。もし、私たちがつくれたら、それがケーススタディになると考えています。やろうとしていることは、一つはグローバルでリテールをやっていく。そして、EC(ネット小売り)でも新品を売り、私たち独自のレンタルもやっていく。同時に今マーケットが拡大している中古のECにも進出していくことです。一企業が新品、中古、レンタルと、すべてのプラットフォームを持つというのは、これまでに例がないと思います。

 さらに、そこにキッズ、ヤング、キャリアミセスすべての横断的なプラットフォームを掛け合わせていく。将来は、衣食住のライフスタイルと言われる業態をリテールだけでなく、ECでもやりたいと思っています。

 それと、アパレル業界でサラリー世界一を実現したいと思っています。そのためにファッションECでどこまで稼げるか。それが今後、重要になってくると思います。リテールで売り上げを稼ぎながら、多様性のあるファッションECでどう高い利益率を得ていくか。リテールとファッションECの新しいイノベーションを果たしていきたいと思っています。その高い利益率の中で、低賃金で離職率の高いアパレル業界を、離職率の低い、サラリーの高い業界にしていきたい。

 それには売上高3兆円、純利益1000億円強という大きな数字を目指していく必要があります。そうなれば、大きな雇用も創出できるし、純利益の5%くらいをCSRに回すこともできるようになる。将来は「ストライプ栄えて地球もローカルも良くなる」というような“グローカル企業”になりたいと思っています。その結果、私のふるさとである岡山の人たちから、あの会社が岡山出身であることは誇りだと言われるような会社になれたら、創業者として、これ以上うれしいことはない。ローカルからこよなく愛されて、自慢に思ってもらえる。そこまでいければ、あとは死ぬときに自社ブランド服を棺桶に詰め詰めに入れてもらって、一緒に燃やしてもらえればいい。そう思っています(笑)。

(撮影:今 祥雄)


 

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 EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、1986年にEY(Ernst&Young=アーンスト・アンド・ヤング)により米国で創設され、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えてきた。過去にはアマゾンのジェフ・ベゾスやグーグルのサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジらもエントリーしている。2001年からはモナコ公国モンテカルロで世界大会が開催されるようになり、各国の審査を勝ち抜いた起業家たちが国の代表として集結。“世界一の起業家”を目指して争うこのイベントは、英BBCや米CNNなど、海外主要メディアで取り上げられるほど注目度が高い。