豊臣秀吉は「ズバ抜けて出世する人」の典型だ 「人たらし」だけじゃない!5つの秘密とは?
戦国時代、最も出世した人物は誰?
15世紀中頃に起きた「応仁の乱」をきっかけに、約150年にわたる長い戦乱が続いた戦国時代。足利幕府の弱体化とともに、全国各地では「下克上」の名のもと群雄が割拠し、やがて「戦国大名」と呼ばれる独自の地方権力が誕生します。
そんな戦国大名の中には、異色の経歴を持つ人物も少なくありませんでした。たとえば、後に小田原を根拠地に関東を支配した北条早雲は、元の名は「伊勢長氏(盛時という説もある)」といい、出自にも諸説あります。また、美濃一国を支配した斎藤道三は「油売りの行商人」だったとも言われており、彼らは自らの才覚によって大きな出世を遂げました。
そうした中でも、豊臣秀吉は「自らの才覚で大出世した」最たる例と言ってもいいでしょう。「半農の下級武士」という低い身分に生まれながらも、ついには「天下人」として頂点を極めます。間違いなく、「日本史上、最も大出世を遂げた人物」のひとりです。
豊臣秀吉は、なぜここまで出世できたのか。その要因のひとつに「人たらし」があげられますが、それだけでは天下をつかむことはできなかったはずです。
今回は「秀吉の大出世」をテーマに、彼がいかに天下人となりえたのか、その理由について解説します。
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