中国トップ経営者がハマる「毛沢東思想」 政治の「神」から経営の「神」へ

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日本人は、毛沢東思想をもっと理解すべき

確かに思想家として見れば、毛沢東の『矛盾論』『実践論』『持久戦論』などの書物は今日的にも優れた議論が多く含まれ、鋭い組織・人間観察の精髄として古典的書物の地位を獲得している。

今日、「企業戦略」や「経営戦略」といった言葉が盛んに飛び交っているが、もともと戦略とは戦争遂行において生まれた理論だった。「戦略」とは、戦争において、将来の可能性を予測したうえで効率的に目的を達成するための方法論を意味する。ビジネスが戦争に似ていると言うつもりはないが、ビジネスにおいても普遍的な有用性が高いのである。

中国の兵法書『孫子』や、ドイツのクラウゼウィッツの『戦略論』が企業経営者の間で広く読まれているし、第1次世界大戦を参考に戦争を統計的、数学的に分析したランチェスターの法則は、戦後、企業経営でマーケティングなどに活用されてきた。さらに、軍事学を企業経営に転用したチャンドラ―の「組織は戦略に従う」という命題によって、戦争用語だった「戦略」はすっかり経済用語になっている。

毛沢東の残した「金言」は抗日戦争や国共内戦という過酷な実戦を経て形成されたものであるためリアリティに富んでおり、中国人にとってすんなり耳に入ってきやすい。多くの企業経営者が毛沢東思想を企業経営に活用しているのは、そうした実用性に裏打ちされてのことだろう。その意味で、反日デモに参加した人々が経済格差など現状への不満を毛沢東の「大衆路線」に託したことと、経営者たちが毛沢東思想に傾倒することは区別されなければならない。

ただし、大きなピクチャーでみれば、一時は過去のものとなった毛沢東という存在が、今の中国でよみがえりつつあることは紛れもない事実である。毛沢東を知らずして中国を語ることはできない。今後、日本人は中国企業の動向を分析するうえでも、反日デモに加わっている人々の行動原理を知るうえでも、毛沢東という個人はもとより、その今日的な思想的影響の中身を理解することが不可欠だ。そうすることが外国人にはわかりにくい中国人の行動原理や思考パターンを詳しく読み取る一助になることは間違いない。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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