フランスLGBT・知られざる抑圧の歴史 同性愛者はどのように権利を勝ち取ったか(上)

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「フランス婚」という言葉があるが、この言葉を耳にするたびに、私は何か居心地の悪いものを感じていた。別に、「フランス婚」を提唱した方々や、日本の社会のなかでこれを実践している方々が嫌いということではまったくない。むしろ話は逆で、結婚という制度にとらわれない自由な生き方を追求するという面では、共感するところは大きい。では、なぜ居心地が悪いのか。今回、フランスで同性婚の法制化があらためて話題になったことで、その理由が分かった気がする。

私の居心地の悪さは、フランスという国名が、「制度にとらわれない自由」という意味で用いられていたことに起因するのかもしれない。同性婚を法制化するとは、ひとつの制度を作ることにほかならない。制度にとらわれない自由だけでなく、自由な生き方を育んでいくのに必要な制度を新たに創り出すこと、異性愛と同性愛の違いはあるが、今回の同性婚の法制化で取り組まれていた内容というのは、こうした新しい制度の創出である。

成熟社会における自由は、単に制度にとらわれない自由という視点だけでなく、どのような制度を創り出していけば、よりよく自由が保障されるのかという視点からも論じられるべきだろう。この原稿の主題はフランスについての話であるし、日本の家族や婚姻のかたちについては、多く論じられているからここでは取り上げない。しかし、おそらく、「フランス婚」という言葉に感じた居心地の悪さは、現実に存在している多様なパートナーシップのあり方に見合った方向へと法や制度を作り替えていこうとする意志が、日本社会のマジョリティにおいては弱いという直観と、どこかで結び付いていたと思う。

さて、フランスの話をしよう。とはいえ、どこから話せば良いのか。今回の同性婚法制化に当たっては、膨大な量の解説記事が現地のメディアにあふれているので、そうした記事を引用しながら話をしたい。フランスの同性婚の法制化は深い歴史的経緯がある。まず、フランスにおける同性愛者の権利をめぐる歴史をわかりやすくまとめた、ハフィントンポスト(フランス語版)の記事に触れておこう。

戦時下は強制収容所に送られた同性愛者

最初に出てくるのは、ジャン・ディオとブリュノ・ルノワールという2人の男性が同衾していたところを「現行犯」で見つかり、パリ市庁前の広場で火あぶりの刑に処せられた1750年7月3日の事件である。フランス革命以前の旧体制(アンシャン・レジーム)では、同性間の性行為は犯罪と見なされていた。続く、革命期には、刑法による処罰の対象から、同性間の性行為が除外される。しかし、同性愛者に対する差別が止んだわけではなく、19世紀に入ると警察は売春に従事していた人々を中心に、「男色家」台帳への情報の集積を進めた。

20世紀に入り、第2次世界大戦中のヒトラー率いるナチスドイツ占領下のフランスでは、ユダヤ人と同じように、同性愛者も収容所に送られた。歴史家のミカエル・ベルトラン氏によれば、フランス人で同性愛を理由として収容所に送られた人は、62人。収容所では、ユダヤ人は黄色を用いたダビデの星の胸章を着用させられたが、男性の同性愛者にはピンクの三角形を描いた胸章が強制されていた。「労働、家族、祖国」をモットーとするヴィシー政権は、成人同性間の性行為そのものを違法とするところまでは行かなかったものの、刑法334条を改正し、「自然に反する行為」という表現で、21歳未満の人の同性間の性行為を禁止した。

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