三陸鉄道の社長が最後に伝えたかったこと

「震災」「あまちゃん」、激動の6年を経て退任

三陸鉄道の全線復旧にこぎつけた望月正彦氏
岩手県庁退職後、三陸鉄道の社長に就任。そのわずか9カ月後に東日本大震災で壊滅的な被害を受けたものの、3年で全線復旧にこぎつけた望月正彦社長が、6月24日の株主総会をもって3期6年の任期にピリオドを打った。被災直後の状況や「あまちゃん」の舞台裏についてはこれまでも繰り返しインタビューしてきた。今回は社長退任直前に「今だから話せること」をテーマに話を聞いた。

 

――社長の任期は当初から6年という予定だったのですか。

違います。取締役の任期は2年で、それを更新していくわけです。前任の社長は県を定年退職して60歳で就任し、2期4年務めて64歳で退任しました。私は58歳で県を退職して社長に就任したので、まあ6年かなという気はしていましたけどね。

地域住民が線路周辺を草むしり

――社長在任の6年間でもっとも印象に残った1日を挙げていただけますか。

1日ですか・・・。そうですねえ。2011年の5月かな。沿線の瓦礫除去の状況を見て回るために田野畑駅に行ったんです。そうしたら地域の人たち総出で草むしりをしている光景が飛び込んできた。まだ復旧するかどうかは決まっていない時期です。自分たちも被災しているのに線路の草むしりなんて。あれは印象的でした。

田野畑村は三陸鉄道が開業するまで鉄道がなかった。三陸鉄道が通ったことでようやく、下宿しないで高校に通えるようになった。それまで1日がかりだった買い物や病院通いが1時間足らずでできるようになった。だから田野畑村は鉄道に対する愛着が非常に強い地域なのです。そういう人たちが草むしりをしている姿を見たことが運行再開へのエネルギーになりました。

――最も印象深い日は、てっきり震災が起きた日か全線が運行再開した日だと思っていました。

全線運行再開の日はもちろんすごかったですよ。でも私の心の中では、5月のあの日が最も大きい。そういえば、この話は社員にもしていませんね。

――三陸鉄道の復旧が決まってから、実際に運行再開するまでの間は、緊張の連続だったのですか。

そんなことはなかったですよ。私、鈍いのかもしれませんね。手順をちゃんと踏んでやったので、普段どおりにできました。

――手順どおりに進めれば、普通にできるものなのですか。

えへへ。とは言いつつ、結構フライングしているんです。

――フライング?

2011年11月3日に全線復旧の起工式をやりました。でも国の第三次補正予算が国会を通ったのは11月21日。

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