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ライフ #不安な時代、不機嫌な人々

なぜ「日本の遺児のため」の募金が10年間もアフリカに渡ったのか…あしなが募金の大炎上が暴いた"善意の横領感"の正体

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アフリカの遺児
あしなが学生募金がアフリカの遺児支援に充てられていたことが判明し、SNS上で批判が殺到した(写真:marselin888/PIXTA)
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今回のような街頭募金の使途に対する猛烈な批判は、単なるデマや情報管理におけるリスクコミュニケーションの巧拙といった表層的な問題ではないのがポイントだ。つまり、「過酷な状況にある同胞を助けるための募金」という崇高なブランド価値が、「実はその募金の半分が海外に流れていた」という事実の提示によって大きく失墜したのである。

これは、欧米諸国のポピュリズム運動に頻出する「福祉排外主義(Welfare Chauvinism)」という概念を用いることで、その必然性が理解できる。「国家の福祉や公的扶助は、限定された資源であり、まず自国民(同胞)にのみ排他的に分配されるべきだ」という主張である。強い福祉国家や富の再分配を支持する左派ポピュリズムと、排外的なナショナリズムや自国民第一主義を掲げる右派ポピュリズムの双方の考えが一致していることから近年注目を集めている。

かつてこの論理は、移民や難民に対する公的社会保障の制限を求める言説として機能し、日本でもポピュリズム政党の躍進をはじめとして、長引く経済的停滞と格差の固定化にあえぐ社会状況がそれを後押しする現状にあった。あしなが学生募金は、国家が主導する「公的福祉の分配」ではないが、公益性の高い非営利団体が行う「民間の善意の分配」においても、この種の問題が生じうることを示唆している。「民間版・慈善版の福祉排外主義」である。

あしなが育英会の募金活動は、連帯の意思表明

排外主義と聞くと、「悪」というイメージがつきまとうがそんな単純な話ではない。日本の街頭募金、とりわけ学生たちが街頭に立つあしなが育英会の募金活動は、戦後日本において「相互扶助の象徴的儀礼」として受容されてきた。寄付者が黄色い募金箱に小銭を落とす行為は、ただのお金の移動ではなく、政治学者のベネディクト・アンダーソンの言う「想像の共同体」を形づくる行為の一つであった。「自分と同じ社会で親を亡くし、理不尽な境遇に置かれた子どもたちを、同じ社会の大人として支える」という連帯の意思表明である。

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