有料会員登録
ライフ

「『坊っちゃん』はコンプライアンス小説である」漱石が描いた学者の盲点と「まちがえた」と言える条件

10分で読める
千円札の夏目漱石の肖像
漱石が「坊っちゃん」で描いたエリート像から学ぶべきこととは?(写真:johan11/PIXTA)
2/5 PAGES
3/5 PAGES

與那覇:宗教は科学と異なり、定義上、自らの原理を見直すことができません。神父や牧師が「検討した結果、聖書の記述は嘘でした」と口にしたら、それは棄教するという意味ですから。佐藤優さんがよく、キリスト教神学の訓練は外交官になる上で有益だった、聖書の教えや日本の国益は「常に正しい」という前提に立って、説得の論理を演繹する点で共通だからだと書かれていますね。そうして自覚的にやるのはアリなんです。

しかし「占い師化した専門家」は、自覚なしに科学を宗教にしてしまう。視聴者はコロナを怖がっている、ウクライナを応援したがっている、だから「それに役立つ話だけをしよう」と。結論を先に決めて正しさを疑わず、都合のよい知識だけを集めるようになったら、それはコロナ神学、ウクライナ神学であって、通常の意味での学問ではありません。

「正当化」を世論に丸投げした専門家

舟津:その話に絡めると、知識の定義として「JTB説」というのがあるんです。知識とはJustified True Belief、つまり「正当化された真なる信念」である、と。

この3要素が重なっていることには意味があって、まずBelief、それを信じているから知識である、というところから始まる。Trueは、それが事実として認められること。そして最初のJustifiedは、それが他者に対しても正当化されていること。自分の中で信じていて、客観的な事実として示せて、それを他者に対しても説明できている。

この3つがそろって知識だと見るのが、JTB説です。専門性によって得られる知識がそういうものだとしたら、間違えた専門家たちは、3つの条件のうち特にどこを満たしていなかったのか、と考える必要があるのかなと。

與那覇:専門家の最も不誠実な点は、「他者に対してJustifyする作業」を放棄し、折々の空気に丸投げしたことではないですか。目の前でコロナが流行り、ロシアがウクライナに攻め込めば、「対抗するにはこれを知って!」という知識は、自動的にJustifyされます。でも、それはメディアが煽った不安の力でJustifyしてるだけで、学者としての実力とは関係がない。本人は単に時局に便乗して、世論と寝ているだけなわけです。

4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数