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「『坊っちゃん』はコンプライアンス小説である」漱石が描いた学者の盲点と「まちがえた」と言える条件

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千円札の夏目漱石の肖像
漱石が「坊っちゃん」で描いたエリート像から学ぶべきこととは?(写真:johan11/PIXTA)
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舟津:そう考えると、引用を必要としない専門性って、たぶん存在しないんですよね。俺のオリジナルの思想として、あるべき世の中はこうだ、と言ってもいい。ただそれは、新しい宗教を自分で始めます、という類のことであって、学術的な専門家にはなりようがない。だから、あなたの領域で当然求められる引用の作法を守れていますか、という問いは、外から別の正義で叩くのとは違って、すごく真っ当な指摘だと思うんです。

科学者は「間違えたと言える人」の集まり

舟津:もう一つ、僕は、科学とは自己修正するシステムだと考えています。いま僕が受け持っている講義を以前担当されていた方が、「科学とは、昨日持っていた考えが今日間違っているとわかることを受け入れることだ」とおっしゃっていて、わかりやすいし本質的だなと。

あえて宗教と比べると、僕は決して宗教が悪いものだとは思いませんが、はっきりした違いがあります。もともとの原理や理論に反する事象が出てきたとき、宗教は原理を変えないように解釈する。科学は、もともとの理論が間違っている可能性についても考える。そしてその「自己」は、「We」でもあるんですよね。

我々の中で間違いが見つかったら、我々自身の認識を改めていこう、という態度。つまり専門家って、本当は「間違えた」と言える人たちの集まりなんだという前提を、もう一回見直しませんかと。それは同時に、間違いに対する寛容さをもつことでもあると思うんです。

與那覇:まさにそうですよね。TVでコメントしたり、ネットでケンカするだけなら、色んな職業の人がいる。その中で「学者」がなぜ一目置かれてきたかといえば、違う意見の人とも怒鳴りあわず、自分の信念を叫ぶだけでなくそう考える根拠を添えて、落ち着いて議論する姿を見せてきたからでしょう。

ところがコロナ禍以降に出てきた「専門家」たちは、その遺産を食い潰してしまった。視聴者が「内心聞きたい話」をなぞる占い師のスタイルで、SNSでも異なる立場を悪魔化して罵り、取り巻きのフォロワーを満足させる。でもそんな信者的なファン層の外側には、「学者ってこの程度なんだね」と冷めてしまった人が、遥かに多くいるわけです。

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