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粗品「スポニチへ」声明に大御所芸能記者が反論し物議…「越えてはならぬ一線が確実にあります」見解に感じた"痛切な疑問"

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霜降り明星の粗品氏
芸能人とメディアの力関係は大きく変化してきた(写真:つのだよしお/アフロ)
  • 徳重 龍徳 コラムニスト、エンタメ評論家
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芸能記者にとっては、大晦日番組をすっぱ抜くことはいまだにスクープだが、それだけでは読者に評価されなくなっているのではないか。

下世話だからこそ「読者が知りたいかどうか」が大事では

芸能ニュースは元来下世話でくだらないものだ。

もちろん、これは芸能ニュースに価値がないという意味ではない。芸能人の誰と誰が付き合っているのか。誰が結婚するのか。誰と誰が不仲なのか。そうした自身の生活にも関わらないことなのに、つい気になってしまう。そうした人間のどうしようもない面に働きかけるからこそ面白い。

だからこそ、すべての芸能報道に高尚な社会的意義を求める必要はない。その上で芸能ニュースの価値を考える際「読者が知りたいと思うかどうか」が大事なのではないだろうか。

芸能人の熱愛や結婚のスクープには今も関心が集まる。だからこそ芸能メディアは報じる。ただし、恋愛や結婚は本来プライベートな事柄であり、様々な面に配慮する必要はある。

では、テレビ番組の放送予定を公式発表より先に伝えることはどうか。

テレビ番組への関心が変化するなか、業界内で抜いた、抜かれたと競うことと、読者にとっての価値は必ずしも一致しない。今回の反発には、芸能記者の内輪の論理と読者の感覚の違いも表れているように思う。

もう一つ見逃せないのが、芸能人とメディアの力関係の変化である。

かつて大きな発表には、新聞やテレビの力が欠かせなかった。だからこそ芸能人は何かあるごとに記者会見を開き、翌朝のスポーツ紙やワイドショーで伝えることにも意味があった。

ただ今は違う。芸能人がSNSで発表すれば、本人の言葉が瞬く間に広がる。粗品のような発信力を持つ人は、自分自身が一つのメディアだ。

既存メディアに頼らず情報を届けられるからこそ、粗品は今回のような要求をすることができた。そして芸能人が結婚などの重要な発表を自ら行うことが増えたからこそ、あえてスポーツ新聞が先に報じることに価値を見出さない人が出てきたといえる。

情報の発信を新聞やテレビといったオールドメディアが独占していた時代から代わり、今や芸能メディアは、芸能人本人の発信とも競う立場にも置かれている。

そうであれば、いち早く報じる以上の付加価値をつけなければ、読者は納得してくれないのではないか。今回の騒動は、芸能報道が当たり前としてきたスクープの意味を、改めて考える機会ではないだろうか。

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