「介護福祉士」と「DJ」という2つの肩書を持ち、イベントの企画・運営までこなす姿は周囲に眩しく映っただろう。ところが、大滝さんの胸中にはある思いが芽生えていた。
「ちょっと違和感があったんですよね。有名なDJをゲストに呼んで人が集まっても、お客さんの目当ては自分じゃない。段取りがメインの仕事ばかりして、酔ったお客さん同士のトラブルに対応しているうちに、一晩長いな、つらいなって思っちゃって」
10代の頃から通うほど好きだったクラブ。20歳からはDJとしてステージに立ち、音楽を楽しんでいたはずだった。しかし、イベントを運営する側に回ったことで見える景色が変わった。
毎月のようにイベントを企画し、集客に奔走する日々。赤字にならないように収支と向き合うプレッシャー。当時は競合イベントも多く、「いいことばかりじゃなかった」と振り返る。
また、生活の基盤だった介護の仕事にも複雑な思いを抱えていた。
「介護の仕事は楽しかったんですけど、20代の頃は介護職と名乗ることが恥ずかしかったんですよね。介護は女性の仕事、介護は給料が安いというイメージが当時は根強かったので。自分から進んで話すことはありませんでした」
音楽も介護も自分で道を選び、歩んできた。それなのに、もどかしい思いが募る。「このままでいいのだろうか」という問いが少しずつ大きくなっていった。
車椅子で世界一周した友人がくれた"パズル"の発想
転機が訪れたのは2019年の秋、32歳の時だ。東京で行われたクラブイベントで、1人の車椅子ユーザーの男性と出会う。彼は18歳の時にバイク事故に遭い、頚椎を損傷して車椅子生活を送っていた。しかし、障害をものともせず車椅子で世界一周を成し遂げ、その様子をSNSで発信している人だった。


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