「全社員に生成AIのアカウントを配布した結果、企画書作成時間がこれまでの5分の1になりました」「月あたり数万時間の業務時間削減効果が出ています」。DX推進の担当部署が経営会議でこう報告する光景は、すでにあちこちで見られる。だが、その一方で、会社全体の売上はそれほど伸びていない。利益率も大きく改善しない。なぜこうなるのか。
答えは単純である。企画書が早く作れるようになったこと自体に、顧客はお金を払っていないからだ。ここで起きているのは「部分最適の罠」である。AIによって個々のタスクは効率化された。だが、その浮いた時間と労力が、顧客価値を生む方向へ再配置されていない。
AIで空いた4時間を、何に使うのか
実際、多くの企業では、AIで早く終わったはずの仕事のあとに起きることがあまり変わっていない。早くできた企画書のレイアウトや言い回しを、必要以上に細かく直す。上司が、早く上がってきた資料に対して余計にダメ出しを重ねる。空いた時間に、新しい利益を生まない社内向け雑務が増える。これでは、生産性が上がったように見えて、実際には「社内処理の回転数」が増えただけで終わってしまう。
もし企画書づくりが5時間から1時間に短縮されたなら、その空いた4時間を何に使うのかが本質になる。より多くの顧客と話すのか。市場の変化を掘るのか。新しい事業仮説を回すのか。AIが出してきた100個の案のなかから、本当に市場を変える一つを選び抜くのか。そこに踏み込めなければ、AIはただ「社内の処理を少し速くする便利ツール」で終わる。
この問題の根は深い。日本企業の多くは、業務そのものを再設計することに慣れていない。特にメンバーシップ型雇用のもとでは、「仕事の定義」よりも「人に仕事を割り当てる」ことのほうが先にあるため、AIによって何の仕事が不要になり、何の仕事へ人を移すべきかを考える発想が弱い。その結果、個人単位では効率が上がっても、組織としての価値創造の流れは変わらない。これが、日本企業がAIを導入しても生産性革命に至らない最大の理由の一つである。


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