もうかばえないと判断し、泣いて馬謖を切ったのか。それとも次から次へと発覚する不祥事にうんざりし、利用価値がないと見限ったのか――。
高市首相は10月14日夕方、簗和生農林水産相(当時)から辞表を受け取った。
「任命責任はもとより内閣総理大臣たる私にある。本当にこうして、大臣が辞任するに至ったことについて、任命責任を重く受け止めている」
表向きは簗氏から辞意を表明したことになっていたが、それを信じる人はいないだろう。すでに簗氏が辞表提出のために官邸に入る数時間前、後任の農水相の認証式のために今上陛下の日程調整が行われていたからだ。
「“知恵袋”が“堪忍袋”になった」
「国会審議でご迷惑をこれ以上おかけするわけにはいかないし、農林水産行政も集中できない状況がこれ以上続くということは避けなければいけないと考え、自ら決断した」
辞表を提出した後、記者に囲まれた簗氏は、焦点が合わない視線を前方に向け、力のない声でこう述べた。渡辺喜美氏が2009年に自民党を離党後、12年の栃木県連の公募で公認を得てから14年。念願の農水相にようやく就任できたにもかかわらず、わずか4週間でその座から滑り落ちた。
それでも先週までは、簗氏は高市首相にとって「私の大事なヤナちゃん」だった。高市首相は10月8日の衆参両院で行われた代表質問で、「とにかく『働いて仕事で返せ』と言っている」と言明。続投させる意欲を見せていた。


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