門司から先、九州内の電化区間は交流電気機関車に交代する。赤い車体の交流機関車はブルーの客車と好対照をなし、美しい編成が魅力的だった。晩年まで主力として活躍したのはED76形で、九州独特の「おわん型」のヘッドマークを掲げて走る姿を追ったが、筆者にとっては前面が「くの字」に突き出したED72形・ED73形も忘れがたい機関車だ。
ブルトレを牽引したディーゼル機関車たち
九州内でブルートレインを牽引したのは電気機関車だけではない。佐世保線でC11形蒸気機関車が「さくら」を牽引していたのは、往年のファンにはよく知られていることであろう。筆者が思い出深いのは、日豊本線の全線電化完成前、宮崎―西鹿児島(現・鹿児島中央)間で「富士」を牽引していたDF50形ディーゼル機関車だ。
この列車を最初に撮影した時はまだブルトレブーム以前で、筆者も一番の目当ては当時C57形蒸気機関車の引く急行として注目を集めていた「日南3号」であった。DF50形の「富士」はその際にたまたま撮ったものだが、振り返ると貴重な記録となった。

