もちろんランチの約束をしたわけではないので、食事を済ませてきたまさのりを責めるのはお門違いだとわかっていた。ただ、「さちこさんは、もうお昼を食べましたか?」と一言聞いてくる気遣いが欲しかった。
「僕はアイスコーヒーで。さちこさんは?」
ここで、「私は食事を頼んでもいいですか?」と言えばよかったのかもしれない。しかし、まだ遠慮のある初デートだ。相手が飲み物だけ頼んだその前で、自分だけムシャムシャと食事をするのは気が引けた。
結局、さちこはメニューを静かに閉じて、「アールグレイのホットで」と告げた。
ピラティスで体を動かし、空腹なさちこの前には、紅茶。焼肉定食を済ませ満腹のまさのりの前には、アイスコーヒー。同じテーブルについているのに、2人のお腹の状況には、大きな差があった。
悪気のない相手にいら立ち…
アイスコーヒーを飲みながら、まさのりはその焼肉定食がいかに安く、おいしく、ボリュームがあってお腹いっぱいになるのかを、ひとしきり語ったという。空腹の相手に満腹の理由を説明する。本人に悪気はないのだろうが、その話を聞いているさちこは、小さないら立ちを覚えた。
焼肉の話が一段落すると、まさのりは今度はさちこを褒めた。
「毎週日曜日にピラティスに行くなんて、偉いですね。だからスタイルがいいんですね」
さちこはもう話の内容より、早く帰ることを考えていた。とにかくどこかでお昼を食べたい。1時間ほどして、「私、この後予定があるので」と切り上げた。
その後、交際終了を伝えてきたさちこは、筆者にこう言った。「ランチの約束はしていませんでしたけど、ピラティスから直行するんだから、お昼を食べていないものだと想像できませんかね」。
ただ、これはさちこの一人よがりな思いだ。婚活では「こうあるべき」という思い込みを相手に押し付けると、まずうまくいかない。「一言、食事をしてきたかどうか聞く思いやりが欲しかった」と不満に思うさちこ。聞くことを思いつかないまさのり。
そのすれ違いが、2人のご縁を終了させることにつながった。


※ログイン後、コメント入力が可能です。