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キャリア・教育 #秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像

《豊臣兄弟!》秀吉の子ではない…「淀殿の妊娠」をあざ笑う声に大激怒、"多くの人々を死刑に"秀吉の恐ろしすぎる処罰

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豊臣兄弟! 秀吉 大河
秀吉像(写真: TAKEZO / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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「淀殿が妊娠したのは、〔大仏を作る〕なんて理由で刀狩を行った、そのご利益でしょうね」

これは、秀吉の刀狩を批判しつつ、さらに「秀吉の力で子どもができたんじゃないでしょ?」と、暗に「淀殿と秀吉の子どもではないからね」とバカにした歌ということだ。ひどい言われようだが、さらにこんな歌もはやったという。

「ささたへて 茶々生いしげる 内野原 今日はけいせい 香きそいける」

この歌には、秀吉にまつわる3つの出来事が並べられている。まず 「ささたへて」の「ささ」は佐々成政のこと。「たへて」は「絶えて」なので、死んでしまったということだ。これは、佐々成政が肥後一国を与えられながらも、領国内での一揆を鎮圧できず、秀吉に切腹を命じられた出来事を暗示している。

そして「茶々生いしげる 内野原」は茶々、つまり、淀殿が聚楽第のある内野原で子どもを妊娠し、勢力が増していることを表す。

最後の「今日はけいせい 香きそいける」は、秀吉が「遊女は国を乱す」として、武家が悪所に出入りすることを禁じたことを揶揄している。

秀吉に関わる3つの印象的な出来事を列挙することで、からかっているというわけだ。このような風刺やあざけりの意味で作られた歌を「落首」(らくしゅ)と呼ぶ。

激怒した秀吉は多くの人々を死刑に

庶民の間で密やかに笑っているだけならば、秀吉も淀殿も気づかなかったかもしれない。だが、何者かが上記の2首のほか数首の落首を聚楽第の門に張り出したのだから、秀吉の怒りはすさまじいものだった。

犯人はわからないので、城の番人たちが17人も処罰されている。それもただの処罰ではなく1日目に鼻をそぎ、2日目に耳を切り、3日目には逆さに磔にする、という3日間にもわたる拷問が行われた。

それでも秀吉は気が済まずに、本願寺に逃げ込んだ他の関係者も処罰。多くの者が死刑になったと伝えられている。

プライドが傷つけられた秀吉は、妊娠した淀殿を人前から隠すように聚楽第から茨木城へと移している。本来ならば、おめでたいことのはずなのに、こんな騒ぎになってしまい、淀殿の気持ちはいかばかりだっただろうか。

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