1996(平成8)年には郊外42.2%、中心市街地18.2%となり、1999(平成11)年には郊外49.1%、中心市街地はわずか7.0%にまで落ち込んでいる。数年のうちにものすごい勢いで、国道248号沿いが中心市街地である康生・本町を凌駕していったのである。
こうした流れのなか、1998(平成10)年には「シビコ」からジャスコが撤退した。
さらに郊外への傾きを決定づけたのが、2000(平成12)年の「イオン岡崎ショッピングセンター」の誕生だ。
既存のジャスコ岡崎南店を増床し、もうひとつの核テナントとして西武百貨店が出店。ジャスコと西武百貨店を両端に配し、間に134の専門店が連なる「2核1モール」と呼ばれる形である。
床面積は3.7倍、駐車台数は1.7倍に拡大され、初年度の売り上げ目標は400億円と東海地方トップクラスだった。今となっては、2核1モールは大型モールのセオリーの一種であるが、当時の日本では珍しかった。「イオン岡崎ショッピングセンター」は巨大、かつ新しいタイプのモールとして注目を集めたのである。
郊外での「イオン岡崎ショッピングセンター」の開業によって、中心市街地は大きなダメージを負った。
2001(平成13)年に、康生地区の「メルサ」が閉店。「メルサ」は最盛期の1991(平成3)年度には売り上げが約59億円だったが、郊外の大型店に押され、2000(平成12)年度には約16億円にまで激減していた。テナントは最大で約100店舗あったが、2001年には半減していた。
2001年には日本経済新聞が、「イオン岡崎ショッピングセンター」が初年度の売り上げ目標400億円を達成し、成功していることを伝えている。そして同じ記事で、「康生・本町・伝馬地区で形成する中心市街地は、最盛期の昭和50年(1975年)ごろには、市内小売業全体の売上高の40%を占めていた。それがいまや数%にまで激減した。(中略)専門店ビルのシビコなどは、競争力を失った」と報じている。(『日本経済新聞』2001年10月16日)
郊外モールがさらに巨大化
中心市街地の地盤沈下を横目に、「イオン岡崎ショッピングセンター」はさらに巨大化する。現名称の「イオンモール岡崎」へ名前を変えたのち、2008(平成20)年に売場面積を約4割拡大し、専門店が97店舗も増え、シネマ館が新設された。駐車場も3500台から4300台に広がった。


※ログイン後、コメント入力が可能です。