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ライフ #廃墟モールの経済学

「イオンの郊外型モールが開業」→「市街地の商業ビルが次々閉店」…やや廃墟なモールも存在「愛知屈指の商都」変容の歴史

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岡崎市 シビコ
ジャスコはなぜ「シビコ」を去ることになったのか?(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター
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戦前から繁華街として栄えた康生地区には、警察署や検察庁、税務署、裁判所、刑務所などの官庁が広大な面積を占め、市街地の発展を妨げていた。そこで岡崎商店街連盟が中心となって移転促進運動を行い、1964(昭和39)年に移転が完了した。

これらの官庁跡地一帯において、市街地再開発が行われることになった。1969(昭和44)年に施行された都市再開発法適用による、全国第1号の「市街地再開発事業」である。

1971(昭和46)年4月に松坂屋と地元商店の入る「岡崎ショッピングセンターレオ」、1972(昭和47)年10月に駐車場と店舗から成る「セルビ」、1973(昭和48)年4月に「名鉄岡崎ショッピングセンターサンリバー」(のちのメルサ)がオープン。「本町康生西第1市街地再開発事業」が完成した。

これに隣接する区画にて「本町康生西第2市街地再開発事業」が実施された。既存のたつきビルなどがあった場所に、1976(昭和51)年にたつきビルと新天地ビル、1977(昭和52)年に中央ビルと岡崎相互ビルが完成して、4つのビルを通路で結ぶ「シビコ」が誕生したのである。核テナントとして、再開発の前からたつきビルで営業していたジャスコが入り、当時の岡崎市で最大のショッピングセンターとなった。

再開発によって新たな商業集積が生まれた康生地区は市外からも客を集め、大いににぎわったという。

国道沿いに郊外型店舗が相次いで進出

しかし1990年代になると、国道248号沿いに大型店が相次いで進出し、康生地区を含む中心市街地は力を失っていく。

国道248号沿いには1992(平成4)年に西友、1994(平成6)年にダイエー、1995(平成7)年にジャスコ岡崎南店がオープンした。

現在の西友岡崎店。館内にはバブルを感じさせる大胆な吹き抜けとシースルーエレベーターがあるが、客数はやや落ち着いている(写真:筆者撮影)
かつてのダイエー。現在は「コムタウン」という商業施設になっている。空き区画はなく、平日でも十分な客入り(写真:筆者撮影)

愛知県が3年ごとに実施している消費者購買動向調査によると、買い回り品購買率は1993(平成5)年に郊外(国道248号沿線)が中心市街地(康生・本町)を上回った。

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