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キャリア・教育

「サカナ優先で黒く塗る」「瓦を使わない天守」…《見た目がへんな城》ができた"なんとも不思議なきっかけ"

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高島城(写真: Jimmy / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

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暑さも和らぎ、いよいよ行楽の秋。歴史好きなら、この季節に城を訪ねてみるのもおすすめです。城といえば天守閣や石垣、堀などに目が行きがちですが、実は城には「なぜこんな造りに?」と思わず首をかしげたくなるような、ちょっと変わった仕掛けも少なくありません。
そんな「変なポイント」に注目すると、城の歴史がぐっと身近に感じられるはず。著述家の真山知幸氏の新著『ウソみたいだけど本当にあった へんな城』から一部抜粋・再構成し、「見た目・設備がへんな城」をいくつか紹介します。

三重県鳥羽市の穏やかな鳥羽湾に面した小高い丘に、かつて鳥羽城が建っていた。

鳥羽城は東と南が海に面し、北と西には堀を掘削して海水を引き込み、城の周囲を水で防御した。大手門は海側へ突出して築かれ、水門が設けられている。この独特の構造から、「鳥羽の浮城」「海城」とも呼ばれた。

白と黒に塗り分けられた「鳥羽城」

海に面した城はほかにもあるが、鳥羽城にはもう一つ変わった特徴があった。海側は黒色、山側は白色と、真逆の色で塗り分けられていたのだ。

なぜわざわざ、色を使いわけたのか? それは、江戸時代初期に入城してきた城主が影響している。

鳥羽城を最初に築いたのは、戦国時代に九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆である。

豊臣秀吉の家臣として伊勢・志摩3万5000石を賜った嘉隆は、妙慶川南岸に突き出た城山に海城の築城を開始し、文禄3(1594)年に完成させた。

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