有料会員登録
ライフ

朝ドラ《ブラッサム》のモデル 恋多き作家・宇野千代が語る"青春" 初任給8円に母は涙…なのに男性教師に惚れてクビ

7分で読める
『宇野千代 ちょっと自伝』より
作家・宇野千代の「働くこと」への強い思いを、本人の言葉からたどる(写真:『宇野千代 ちょっと自伝』より)
2/5 PAGES
3/5 PAGES

先刻(さっき)、車で行った新港……あの辺りはずいぶん変りましたが、昔は家も畑もないような淋しいところで、下関や大阪の方に行く汽船の港だったの。わたしの家から二里くらいもあるでしょう、暗いうちに起きて歩いて新港まで行きました。

お母さんが一緒に来てくれて、「風邪をお引きなや」何度も何度もそう言って見送ってくれました。そこから、わたしの放浪が始まるの。

男を好きになった一番最初は、いえ、免職の因(もと)になった先生のずっと前……十歳(とお)か十二ぐらいだったかな、手紙の遣(や)りっこしたの。雨樋(あまどい)の口に入れてね、雨が降ったら困るな、なんて思ったりして。その人は、陸軍幼年学校に行って、後に死にました。

わたしは新港を旅立って朝鮮に行って、一度岩国にちょっと戻ったけれど、すぐに東京、それから結婚して北海道、懸賞小説に当選して次を書いて、ちょっとのつもりで東京に行ってそのまま尾崎士郎と一緒になって……。そういうすべての始まりがあの新港の波止場なのよ。

「宇野千代生家」と書かれた案内もあって、いまやここは岩国名所のひとつ。(写真:『宇野千代 ちょっと自伝』より)

大したものになりたかった

三浦環(たまき)に憧れて、歌うたいになろうと思ったことはありますよ。岩国にいた時分から、声はわりあいよかったし、お義母さんは歌が上手くて評判のひとでしたからね。尤(もっと)も、そのときの歌っていうのは、「あたしゃお前にほうれん草」みたいな、日本の歌よ。

4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数