岩国に帰って来ると必ず錦帯橋を渡るの。円(まる)い太鼓橋が五つあるうちの、真中の三つは段々がついていて、両端の一つずつは少しなだらかで段がないの。
いえ、上り下りがあったって草臥(くたび)れませんよ、これが当たり前と思っているから。錦帯橋を渡って北へ行った山の上がお城ですからね、こういう形の橋は敵が来ても攻め難いそうです。
岩国は城下町といっても六万石、小さな町でしょう。殿様は吉川(きっかわ)公、あの吉川晃司は吉川家の縁者だそうですよ。だから、わたし、あの歌手のファンなの。――殿様も芋粥を召上ったほど貧しい町だけれど、嫌で仕方がない毟(むし)りとってしまいたいものはひとつもない、いい町です。
桜を見ると思い出す故郷・岩国
桜が沢山あるの。町中が桜でした。桜を見ると岩国を思い出します。
旧い屋敷や町家がまだ残っているでしょう。子どもの頃、わたしが裸足で学校に通った……でもあれは貧しかったからというより「雪が降っても下駄や草履を履けば腐るが足は腐らない」って、わたしの父親独特の考え方から出たことです。学校のほかは家の外へ出してもらえませんでしたからね、近所の子と遊んだりした記憶はないの。
それでも、酷(ひど)い父親だなどとは夢にも思わない、もう一ぺん育てて貰うならまたあの同じ父親に育てられたいと思うのよ。矢張りあの父を愛してたんでしょう。
父の性格をそっくり受け継いで、わたしも“道楽者”になった。いまは書くことが最大の道楽ですけれども、昔は、着たい、食べたい、それから男……風が吹くように自分のしたいと思うことをして生きたわね。
でも、わたしは、人間働かなければいけないと思っているの。父が死んでから、女学校を出てすぐに、小学校の代用教員になったでしょう、それ以来ずいぶんいろいろなことをして、とにかくいつも働いていましたよ。――初めての給料が八円。それをお母さんに渡したら、そりゃあ喜んで、涙をこぼすの。
喜んでくれるのが嬉しくて、一所懸命に働いた。それなのにわたしは、男の先生に惚れて、学校を辞めなきゃならない破目になって。


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