ケイト・スペード

読切小説『クリスマスってなんだ?』 Story by 大宮エリー

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クリスマスってなんだ?

家に帰宅すると妻はもう寝ていた。ぎりぎりまで起きていたとみえて、缶ビールとその横に女性誌が置いてあった。ぱらぱらとめくってみた。

実に、クリスマス特集である。いろんなギフトがきらきらと掲載されている。その中に、目に付くものがあった。バッグだ。

ケイト・スペード ニューヨークのクリスマス限定商品とある。やはり女性は限定に目がない。こういうのが欲しいんだろうか。

「バッグねぇ……」

バッグって、プレゼントにいいなと思う。洋服や帽子やらは、好みとかがあるけれど、実用品は、あるとうれいしいものである。

今度のクリスマスディナーは、運河沿いのレストランを予約した。

きっと美重子は、俺の好きなシックな黒のワンピースを着るんじゃないかな、と思ったり。それには、このバッグ合うなぁ。

「って、何を言ってるんだ。俺は、プレゼントは買わない主義なんだから」

そうつぶやきながらも次のページをめくる。

「へえ、これ可愛いじゃん」

ポシェットとハンドバッグの、2wayで使えるようだ。色もすごくカラフルだ。

「こういうほうが、普段使いにいいのかな。あいつ、習い事とかしてるし」

陶芸をはじめたり、お花をやったり、毎日楽しそうである。習い事の時はポシェットにして、友達と美術館とかいくには、ハンドバッグにすればいい。

次のページをめくると、モデルがトートバッグを持ちながら木立の間を散歩している。

これは見たことある。口の部分が、なみなみになっていて可愛い。たくさん入るタイプのバッグだ。

「あいつ、何でもバッグに、どかどか入れてるから、このくらい大きい方がいいのかな」

次のページは、時計だった。

「ケイト・スペードって時計もあるんだ……」

5時のところがカクテルのマークになっていて、かわいい。ベルトはベージュでシックだ。

「あ!」

時計を見て思いだした。宗太郎、時間がないのである。

「資料作りの続きやらなきゃ!」

翌朝めざめると台所のほうから、なにやら楽しそうな音楽が流れている。
宗太郎が起きて行くと、台所の美重子が振り返った。

「おはよう〜、ベーコンエッグとパンでいいのかな?」

「うん」

見慣れない古いレコードデッキで、アンディーウィリアムスのクリスマスソングが流れていた。

「おお、いいねぇ、どしたの?」

美重子はまな板のフルーツを切りながら、

「それね、昨日倉庫の整理してたら見つけたの。

死んだお父さんの形見〜。毎年クリスマスはさ、そのレコードかけててね。

これ聞くとツリーもなにもなくてもクリスマス気分になるんだよねぇ。うちのお父さんは忙しくて、全然家に帰ってこなかったから、クリスマスらしいこと、したことないんだけどね、でも、このレコードだけが、唯一クリスマスだったなぁ」

美重子のお父さんは、商社マンだったっけ。海外出張で飛び回っていて寂しかったと美重子は言っていた。

「宗太郎、今日、クリスマス商品リリースパーティーのプレゼンでしょ?」

そうそう。よく分かっている。流石だ。

「こんな気分でいきなよ〜」

そうだな。確かに、自分がクリスマス気分なくプレゼンしても、伝わるものも伝わらないだろう。

 

宗太郎は、ベーコンエッグを食べながら妻に聞いてみた。

「クリスマスってさ、女性にとって、どんなものなの?」

すると、美重子はフォークの手をとめて、少し考えた。

「うーん、うーん、わかんないけど、みんなが子供に戻る日、かもよ」

え?みんなが子供になる日?

宗太郎は聞き返した。

「だってさ、サンタクロースだし、プレゼントだし、イルミネーションだし、なんか、ほら、ムードとかパーティーとか、そういうのではなくて実は、子供ごころに戻ってわくわくしたり、ね」

なるほど。

宗太郎は、立ち上がった。

「あれ?」

美重子が怪訝な顔で宗太郎を見た。

「さんきゅ、なんか、決めの言葉がみつからなくてさ。ぼんやりしてたんだけど、そうだわ」

まだ、間に合う!と、宗太郎は書斎に駆け込んでパソコンに向かう。資料を打ち直すために。


 

「いやぁ、宗太郎、いいねぇ」

「お得意様、拍手してたじゃん」

「子供に返る日ねぇ、いつのまに考えたの?」

上司の長谷部が、宗太郎の背中をばしっと叩いた。

「いやぁ、でかした!ちょっと飲みにいくか!?」

「いや、ちょっと‥」

「え?」

宗太郎はみなの誘いを断った。

「なに、なによ」

「ちょっとまだやることあって、あ、3時の打ち合せまでに戻ります」

 

宗太郎はある場所へ走り出した。

美重子を子供に戻らせてあげられるのは、俺しかいないから。

子供の頃みたいに、寂しくさせちゃってたかもな。忙しくしすぎて。

せめて、クリスマスは、楽しく。そして、そのことを、その時間をずっと思い出せるような、形で残るものを渡したい。

買うものは決まっていた。あのバッグだ。シックな装いに似合うと思う。そして、美重子のお母さんには時計を。

いつもイブにふたりで食事だったけれど、今年はクリスマスに美重子がお母さんと過ごすときも同席させてもらおう。

お父さんの形見と、そして、俺からのプレゼントで、レストランのあとは、ゆっくり家で過ごそう。

そう、宗太郎は思った。