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読切小説『クリスマスってなんだ?』 Story by 大宮エリー

  • 制作:東洋経済企画広告制作チーム
今年も早いもので残りわずか。都内の某企業で営業職を務める宗太郎は、若手社員のなかではベテラン、気持ち的には中堅社員の仲間入り、といったところで仕事のおもしろさも感じる日々。これはそんな宗太郎の、とある2日間の物語。
大宮エリー
作家、演出家。体験型インスタレーション「思いを伝えるということ展」、星空からのメッセージ展を演出。画集『EMOTIONAL JOURNEY』、コンプレックスに効く童話集『猫のマルモ』、新刊『なんとか生きてますッ 2』が好評発売中。12/24(木)25(金)に『物語の生まれる場所@銀河劇場 vol.2』大宮エリー×原田郁子を公演。詳細は公式HP、www.ellie-office.com/ginga/、お申込は、銀河劇場チケットセンター 03-5769-0011(平日 10:00~18:00)もしくは gingeki.jp/

 忙しいのに飲みの機会が増える年末

宗太郎は、タクシーを飛ばしていた。

「まずいなぁ……遅刻だ」

会合の時間は19時。今年は随分と早い時期から忘年会がスタートしている。

みんなこの忙しい時期に、びしっと時間通りそろう訳だから、こういう時は自分も時間に間に合っていたいと思っていた宗太郎だったが、

「30分は遅刻だな、まいったな」

忘年会シーズンで忙しいけれど、師走ということで、駆け込みのプレゼンも目白押しで忙しい。年内に、という案件が多いのだ。宗太郎もご多分にもれず、明日のプレゼンの資料づくりが長引いた。

「ていうか、終わってないんだけどね……」

どうするんだ、宗太郎、である。

「ま、とことんお酒を飲む、というのは止めて、セーブして、あとは家で、だな。目処はついたし」

なんとか形にはできたのであとは手直しを自宅作業でやれば、明日はうまくいく自信があった。

「あ、ここだ、止めてください」

小洒落たもつ鍋屋である。

「いいね、寒いし」

 取引先の最重要人物、柴田女史

「あ、宗太郎さん、きたー!」

「遅いぞ宗太郎、クライアントさん待たせて」

お得意様と、そして我々のチームが混合でまずは、前菜の酢モツと揚げ物でビールをスタートしていた。

「すいません!」

宗太郎は、さっとコートを脱いで輪の中へ。

「宗太郎は、ここー」

と言った、宗太郎の上司は長谷部という大柄な男である。

「こいつ、バレーボール部の後輩でね、そんとき背が伸びたんだよなぁ!」

宗太郎は、183センチもある長身であった。

「相変わらず、オシャレですね」

「え?そ、そうですか?」

「またまたぁ」

宗太郎に色目をつかっているのは、お得意様の中の権力者、柴田様である。

「ほら、柴田さんのグラスが空!」

と、長谷部の声。

「あ、ほんとだ」

宗太郎は、慣れた手つきで白ワインをグラスへ注ぐ。

「注ぐのうまいですね」

「あ、俺、バーテンやってたことあるんで」

「へぇ、だからネクタイもオシャレなんですか?」

「いえ、全然、これは‥」

これは、妻が選んだものである。宗太郎の妻からの、何年か前のクリスマスプレゼントであった。今日のスーツは、細身でシックなものを選んだ。やはり、イベント制作会社は、夢を売る仕事。イメージが大事だ。

現場で忙しいときも、身なりには気をつけている。というのも、お得意様が、イメージを大事にするシャンパンのブランドだったり有名ファッションブランドだったりするからだ。今日は、海外の洋菓子メーカーさんとの会食、忘年会である。

「柴田さん、先日のイベント、お世話になりました」

「いえ、宗太郎さん、流石でしたよ。評判いいです」

「ほんとですか?ありがとうございます」

よかった。柴田さんからこの言葉がひきだせたら、ばっちりだ。

ほら、柴田さんの上司も聞いている。この上司は柴田さんの言いなりだ。
そして、我が上司、長谷部も。ちゃっかり聞いて、目配せしている。

あからさますぎて、バレないか心配だ。

「クリスマス、ですね」

お得意様の柴田女史は、ふわふわの白いニットを着ていた。いつもの装いとは違うので、へえと思う宗太郎である。

「何かプレゼントとか、買われたんですか?」

「プレゼント?いや、全然」

「え?うそー」

「クリスマスって、ケーキ食べるぐらいじゃないんですか?」

いつもそうしていた。

妻の美重子は、買い物が好きだ。自分の好きなものはなんでも買って来る。だから、特にプレゼントなんていらないかなと思っていた。

「プレゼントするのが好きなの」

美重子はそう言って、ネクタイやら、靴下やら、宗太郎のものも買って来てくれる。それが、意外と欲しかったものだったり、活躍したりするので、妻のセンスは素晴らしいなと思っていた。なので、自分は、プレゼントを買うよりも、

「ディナーには連れて行きますよ。美味しいワイン飲んだり」

「あら、素敵。でも、プレゼントも女性は喜ぶものですよ」

「そうですか……」

「今度、もしあれでしたら、プレゼント選ぶのおつきあいしますよ」

「え?」

思わず、え、と言ってしまった。

「あ、もしよかったらと」

お得意様の柴田女史は、恥ずかしそうに白ワインを口に持っていった。

「あ、でも、やっぱり俺は、プレゼントとか恥ずかしくて、やめときます」

「ったく、宗太郎は、堅物だなぁ!!!!」

と大声を上げたのは、長谷部であった。

どこまで人の会話、聞いてるんだ……。

クリスマスってなんだ?

家に帰宅すると妻はもう寝ていた。ぎりぎりまで起きていたとみえて、缶ビールとその横に女性誌が置いてあった。ぱらぱらとめくってみた。

実に、クリスマス特集である。いろんなギフトがきらきらと掲載されている。その中に、目に付くものがあった。バッグだ。

ケイト・スペード ニューヨークのクリスマス限定商品とある。やはり女性は限定に目がない。こういうのが欲しいんだろうか。

「バッグねぇ……」

バッグって、プレゼントにいいなと思う。洋服や帽子やらは、好みとかがあるけれど、実用品は、あるとうれいしいものである。

今度のクリスマスディナーは、運河沿いのレストランを予約した。

きっと美重子は、俺の好きなシックな黒のワンピースを着るんじゃないかな、と思ったり。それには、このバッグ合うなぁ。

「って、何を言ってるんだ。俺は、プレゼントは買わない主義なんだから」

そうつぶやきながらも次のページをめくる。

「へえ、これ可愛いじゃん」

ポシェットとハンドバッグの、2wayで使えるようだ。色もすごくカラフルだ。

「こういうほうが、普段使いにいいのかな。あいつ、習い事とかしてるし」

陶芸をはじめたり、お花をやったり、毎日楽しそうである。習い事の時はポシェットにして、友達と美術館とかいくには、ハンドバッグにすればいい。

次のページをめくると、モデルがトートバッグを持ちながら木立の間を散歩している。

これは見たことある。口の部分が、なみなみになっていて可愛い。たくさん入るタイプのバッグだ。

「あいつ、何でもバッグに、どかどか入れてるから、このくらい大きい方がいいのかな」

次のページは、時計だった。

「ケイト・スペードって時計もあるんだ……」

5時のところがカクテルのマークになっていて、かわいい。ベルトはベージュでシックだ。

「あ!」

時計を見て思いだした。宗太郎、時間がないのである。

「資料作りの続きやらなきゃ!」

翌朝めざめると台所のほうから、なにやら楽しそうな音楽が流れている。
宗太郎が起きて行くと、台所の美重子が振り返った。

「おはよう〜、ベーコンエッグとパンでいいのかな?」

「うん」

見慣れない古いレコードデッキで、アンディーウィリアムスのクリスマスソングが流れていた。

「おお、いいねぇ、どしたの?」

美重子はまな板のフルーツを切りながら、

「それね、昨日倉庫の整理してたら見つけたの。

死んだお父さんの形見〜。毎年クリスマスはさ、そのレコードかけててね。

これ聞くとツリーもなにもなくてもクリスマス気分になるんだよねぇ。うちのお父さんは忙しくて、全然家に帰ってこなかったから、クリスマスらしいこと、したことないんだけどね、でも、このレコードだけが、唯一クリスマスだったなぁ」

美重子のお父さんは、商社マンだったっけ。海外出張で飛び回っていて寂しかったと美重子は言っていた。

「宗太郎、今日、クリスマス商品リリースパーティーのプレゼンでしょ?」

そうそう。よく分かっている。流石だ。

「こんな気分でいきなよ〜」

そうだな。確かに、自分がクリスマス気分なくプレゼンしても、伝わるものも伝わらないだろう。

 

宗太郎は、ベーコンエッグを食べながら妻に聞いてみた。

「クリスマスってさ、女性にとって、どんなものなの?」

すると、美重子はフォークの手をとめて、少し考えた。

「うーん、うーん、わかんないけど、みんなが子供に戻る日、かもよ」

え?みんなが子供になる日?

宗太郎は聞き返した。

「だってさ、サンタクロースだし、プレゼントだし、イルミネーションだし、なんか、ほら、ムードとかパーティーとか、そういうのではなくて実は、子供ごころに戻ってわくわくしたり、ね」

なるほど。

宗太郎は、立ち上がった。

「あれ?」

美重子が怪訝な顔で宗太郎を見た。

「さんきゅ、なんか、決めの言葉がみつからなくてさ。ぼんやりしてたんだけど、そうだわ」

まだ、間に合う!と、宗太郎は書斎に駆け込んでパソコンに向かう。資料を打ち直すために。


 

「いやぁ、宗太郎、いいねぇ」

「お得意様、拍手してたじゃん」

「子供に返る日ねぇ、いつのまに考えたの?」

上司の長谷部が、宗太郎の背中をばしっと叩いた。

「いやぁ、でかした!ちょっと飲みにいくか!?」

「いや、ちょっと‥」

「え?」

宗太郎はみなの誘いを断った。

「なに、なによ」

「ちょっとまだやることあって、あ、3時の打ち合せまでに戻ります」

 

宗太郎はある場所へ走り出した。

美重子を子供に戻らせてあげられるのは、俺しかいないから。

子供の頃みたいに、寂しくさせちゃってたかもな。忙しくしすぎて。

せめて、クリスマスは、楽しく。そして、そのことを、その時間をずっと思い出せるような、形で残るものを渡したい。

買うものは決まっていた。あのバッグだ。シックな装いに似合うと思う。そして、美重子のお母さんには時計を。

いつもイブにふたりで食事だったけれど、今年はクリスマスに美重子がお母さんと過ごすときも同席させてもらおう。

お父さんの形見と、そして、俺からのプレゼントで、レストランのあとは、ゆっくり家で過ごそう。

そう、宗太郎は思った。