僕がそれに向き合わされたのは、北海道十勝の浦幌町(うらほろちょう)でした。
林業の現場を見学させてもらったときのことです。目の前に生い茂るカラマツは、収穫できるまでに50〜60年かかるとのことでした。
つまり、いま伐っている木は、自分が植えたものではありません。祖父の世代が植えたものです。
そして自分がこれから植える木の収益を受け取るのは、まだ生まれていない誰かです。
では、この事業を成長させようと思ったとき、どうすればいいのでしょうか。
そう問われて、僕らの日常の時間感覚では答えが出ないことに気づきます。
僕らは暗黙のうちに、「その成長を自分で見届けられる」という前提を置いていたのです。
四半期の数字、中期経営計画、キャリアプラン。
——どれも自分の生きている時間の中に収まっています。
「効率」を求めすぎると、長期的には「土台」が死ぬ
自分が生きていない時間に向けて手を入れるとき、僕らのビジネス用語の大半は、急に足場を失っていきます。
林業の60年は、あまりに遠い話に聞こえるかもしれません。ただ、同じ構造は、もっと短い時間軸の畑でも起きています。
畑作で短期的に収益を上げようと思えば、打てる手はいくつもあります。実際、それらは効きます。数字はある程度素直に動きます。
けれども、そうした手の多くは、実際には中長期的に土を痛めることにつながっていくのです。効率を追った結果として、作物を育てている基盤そのものが少しずつ痩せていく。
しかも、痛めている最中、数字は何も教えてくれません。土が痩せていくことについて、来期の売上は一言も語らない。フィードバックが返ってこないのだから、間違えていることに気づく手がかりがない。
そして気づいたときには、取り戻すのに、痛めたのと同じ以上の年月がかかります。


※ログイン後、コメント入力が可能です。