たとえば、ある日、部下が「会社を辞めたいんです」と言ってきたとします。以下はバイアスの強い上司の一例です。
「やっぱり最近の若者は根性がない」
「うちの会社に不満があるってことか?」
「こいつは俺を困らせようとしている」
これらはすべて、上司自身の経験や価値観から生まれたバイアスです。事実でなく解釈です。
こうしたバイアスを抱えたまま返す言葉は、たとえばこうなります。
「そんなんじゃ、どこに行っても大変だぞ」「いったい何が不満なんだ?」。
これでは、「辞めたい」という言葉の奥にある真意や本音に触れることはできません。むしろ、「この上司には何を言っても分かってもらえない」と感じ、心を閉じてしまいます。
さて、ここまで読んで「自分は大丈夫」と思った人は要注意です。なぜなら、強弱こそあれ、バイアスを持っていない人はひとりもいないからです。「自分はバイアスなんてない」という思い込みこそ、最も厄介なバイアスかもしれません。
共感とは、「相手の立場に立ち、相手の感情を一緒に感じようとする姿勢」です。しかし、その前に必要なのは、自分のバイアスに気づくことです。
いったん解釈を手放し、「もしかすると、自分は何かを決めつけているかもしれない」と立ち止まる。その自己制御が共感モードのスタート地点です。
「もしよかったら相談に乗るよ」
「もう少し詳しく教えてもらってもいい? 力になれるかもしれないから」
「何か自分にできることはあるかな?」
そんな問いかけとともに、評価も説得も手放して、ただ受け止める。それだけで、相手との距離は少しずつ縮まっていきます。
色眼鏡という名の壁
バイアスが「話を聞きながら生じる解釈のクセ」だとすれば、色眼鏡は「会う前からすでに貼ってしまっているラベル」です。私たちは無意識のうちに相手のことを色眼鏡で見ています。
これらは、あらかじめ人物像を決めつけてしまう行為です。色眼鏡をかけるのは、自分を守るための防衛本能でもあります。しかし、その色眼鏡越しに相手を見ている限り、本当の意味での共感は生まれません。
たとえば、「偉い人だから、自分のことなんて相手にしないだろう」と決めつけた瞬間、あなたの態度は無意識に引き気味になります。質問も当たり障りのないものになり、相手の話に深く入っていこうとしません。


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