もともとそこにあったものが、外から来た力で初めて資源になる——片品村では、そうした出来事が繰り返し起きているようだ。
合理性と、外から注がれる熱量
丸沼ダムが90年以上前の姿を保っているのは、地域の愛情や技術者の使命感といった、美しい物語だけでは説明できないことがわかった。造り替えるより維持するほうが経済的に合理的だったこと。川が流入しないという地形の幸運。そして、次の世代へ引き継いでいくという管理者としての意識。これらが積み重なって、今の姿がある。
だが、丸沼ダムに新しい価値を見出したのは、トムソーヤ号を思いついた人たちのように、いつも外から来た人たちだった。その熱量は今も続いていて、倉田さんによれば、観光協会にダムカードをもらいに来る人がいない日は、知る限り一日もないという。
そして近年は、それがさらに大きな流れへと広がりつつある。菅沼・丸沼のSUP(サップ)体験をSNSに投稿する若い世代の存在も、近年の変化として挙げられた。
取材の最後に立ち寄った道の駅「尾瀬かたしな」では丸沼ダムをかたどった「ダムカレー」が販売され、レジ横には御朱印ならぬ「ダム印」も並ぶ。
ダムカレーもダム印も、地元で古くから親しまれてきたものではなく、近年全国的に広がる「ダム活」ブームの延長線上で生まれたものだという。丸沼ダムという構造物そのものは90年以上ほとんど変わっていないのに、それを味わい、集め、SNSに投稿するという新しい楽しみ方だけが、外からどんどん付け加えられてきた。
丸沼ダムを今の形にとどめているのは、紛れもない合理性と偶然、そして管理者としての意識だった。しかし、その姿に何度も新しい光を当て、今日まで人を引きつけ続けてきたのは、地元の情熱と、そこに重なる外からの視線だったと言える。


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