リベラル右派・左派とはどのようなものか。デニーン教授は以下のように論じる。
まず、右の古典的リベラリズム。『統治二論』などのジョン・ロック(1632〜1704年)の思想に基づいた個人の自律と財産権を核にして、小さな政府を求め自由放任のネオリベラルな経済を推し進めてきた。
もう一つの、左の進歩的リベラリズムは、『自由論』などのジョン・スチュアート・ミル(1806〜73年)の思想から発展した社会的リバタリアニズムで、(人種やジェンダーなどによる)アイデンティティ政治の展開をもたらした。
右の「金融エリート主義」は経済分野で這い上がれない大衆を軽蔑し、左の「文化エリート主義」は大衆が古い価値観にしがみついていると見下す。
問題は、文化エリートがアイデンティティ政治を用いて人種間などの分断を強調することにより、多人種の労働者階級が団結して金融エリートに立ち向かうのを妨げ、結局は現在の支配階級である左右リベラルのエリート全体を利することになっていることだ。著者はそう論じている。
著者によれば「リベラル・デモクラシー」とは、リベラルであるエリートが「大衆による支配」であるデモクラシーと手を結ぶ仕組みだが、憲法はその中でリベラルエリート(新しい貴族制)がデモス(大衆)を制約するためにつくられたことになる。立憲主義に対するポストリベラルならではの、物議をかもす視点かもしれない。
だがリベラル・デモクラシーの最初の近代国家であるアメリカが陥った、「絶望死」まで生み出すような上下の分断社会を目のあたりにすると、うなずきたくなるところがある。
マルクス主義の影響を強く受けている点も
以上は主として第Ⅰ部で展開される現状分析で、新たな思想史的視点でたどった『リベラリズムはなぜ失敗したのか』の再論である。
トクヴィル学者である著者はアレクシス・ド・トクヴィル(1805~59年)のみならず、西洋思想史を広く渉猟してポストリベラルとしての立論を試みているが、「エリート対大衆」論ではジェームズ・バーナム(1905〜87年) の『経営者(管理者)革命』(1941年)に始まりアメリカで独特の発展をしたパワーエリート論や、クリストファー・ラッシュ(1932〜94年)といった異端の思想家たちの影響が強くうかがわれ、興味深い。
これらの思想家はトランプ現象以降、にわかに注目されてよみがえってきた。いずれもマルクス主義の影響を強く受けている点も見逃せない。


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