著者も含めた「ポストリベラル」と呼ばれる思想家たちは、従来の二大政党はともにリベラル政党として大衆をないがしろにしてきたと批判する。
デニーン教授はトランプ時代以降の新たな政治をつくり出そうとする「ニューライト(新右派)」の一角を占め、新たに興隆してきた他の思想潮流の知識人らとともに2019年夏に発足した「国民保守主義会議」にも登壇し、発言を行ってきた。著者もそうした会議で講演するなどして、新しい保守派論客として注目されてきた。
ポストリベラリズムは、その名のとおり、また本書の主張でも明らかなように、リベラリズムの限界と行き詰まりを認識し、それ以降の政治のあり方を探ろうとする思想だ。
前著も含めて、著者が論じている「リベラリズム」とは何か。
アメリカ史を通じてその意味は変容を遂げてきた。西洋の近代政治思想史におけるリベラリズムの意味にはかなり複雑な変遷があることは、最近の研究成果で日本でも手に取りやすいヘレナ・ローゼンブラット『リベラリズム 失われた歴史と現在』(原著2018年、邦訳2020年)にも描かれるとおりだ。
ただ、本書(第3章)において著者は、アメリカの歴史と現状により即したかたちで、またより論争的に、リベラリズムを定義して論じている。
左右の対立から「エリート対大衆」の分断へ
本書冒頭から論じられるように、「リベラルの左派・右派の分断」はもはや存在せず、いま起きているのは「『大衆』批判の陣営」と「『エリート』批判の陣営」の対立だと著者は見ている。
アメリカ政治はリベラルな民主党と保守の共和党が左右に分かれて激しく対立しているのではなく、「エリート」と「大衆」の上下の分断・対立になっているということだ。
旧来の民主党も共和党もともにエリートのリベラル勢力に過ぎない。両者とも行き詰まり、その事態に反発する大衆(右にトランプ、左にサンダース現象)と衝突している、という見立てだ。
これは筆者も2016年以来論じてきたところであり、いまでは多くの識者が納得する視点であろう。


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