憲吾さんの両親が離婚をしたのは、憲吾さんが5歳のころ。母親は19歳で憲吾さんを出産し、25歳で離婚した。
「大変そうだなと思っていたし、あまり結婚にいいイメージがなかったんですよね。自分の人生ではしなくてもいいかな、と考えていました。ただ、母は『孫を早く見たい』とは思っていたようです」と振り返る。
「自分も家庭をつくりたい」という理恵さんの願い
一方、理恵さんの両親が離婚したのは、理恵さんが中学2年生の時のことだった。それまでも、母親と生活するようになった後も、家族で過ごした思い出が多かった理恵さんは、将来「母みたいな親になりたい」と思っていたと言う。
「3人きょうだいでしたが、よく母ともご飯を作ったり一緒に買い物をしたりしていて。母もいつも楽しそうだったので、家庭への憧れがあって、『絶対に結婚して家庭を持ちたい』『出産は早めにしたい』との思いが幼いころからありましたね」
結婚生活の大変さを間近で見たからこそ「自分は結婚しなくてもいい」と思った憲吾さん。家族で過ごした時間を知っていたからこそ「自分も家庭をつくりたい」と願った理恵さん。
どちらの考え方も間違いではない。結婚というものが、それぞれの育ってきた家庭の記憶と深く結びついていることが改めてよくわかる。


※ログイン後、コメント入力が可能です。