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ライフ #日本野球の今そこにある危機

張本勲さんが86歳で死去 「喝!」だけでは語れない壮絶な生涯…広島で被爆、通算3085安打、韓国プロ野球創設にも尽力した知られざる人生

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2024年の巨人のファン感謝イベントで行われた球団創立90周年セレモニーに参加した張本勲さん(写真:時事)
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張本は1979年まで巨人でプレーし、1980年にはロッテに移籍、この年5月28日にはNPB史上初の「3000本安打」を達成し、翌年引退した。張本は首位打者7回獲得、これはイチローと並ぶNPB最多タイだが、打撃主要3部門のうち、本塁打王、打点王はとっていない。この時期のパ・リーグには南海の野村克也、大毎の山内一弘、阪急の長池徳士、東映のチームメイト大杉勝男などの強打者がひしめき、タイトル争いは熾烈だったのだ。

1976年に対阪神戦で2500安打を記録した巨人の張本勲(写真:時事)

張本は「史上最高の安打製造機」という評価が定着したが、本塁打数は史上7位タイの504本、打点は4位の1676点、そして盗塁数も27位の319。MLBでは通算300本塁打、300盗塁を記録した選手は「300-300クラブ」として高く評価されるが、NPBでこのクラブに入会資格があるのは張本と秋山幸二の2人だけだ。ちなみに日本ハムのはるかに後輩の大谷翔平は、MLBでシーズン50-50を記録した唯一の選手だが、MLB通算では310-176、NPBとの通算でも358-189である。

TBS・サンデーモーニングでは大声の「喝!」

張本は1999年からTBSの「サンデーモーニング」で、大沢啓二とともに「ご意見番」として毎週出演し人気となった。張本のほうが「辛口」で大声で「喝!」とやって大沢が「まあ、まあ」となだめるのが定番のパターンになった。張本は大沢が日本ハムの監督に就任した年に、巨人に移籍している。張本を放出したのは大沢だったのだ。二人の間には確執があったはずだが、それを乗り越えての「名コンビ」だったのだ。

二人の自伝を読むと、イメージとは違う一面が見えてくる。人格者っぽく見える大沢啓二は、高校時代にたびたび暴力事件を起こした。しかし戦前の職業野球で「川上哲治に次ぐ名一塁手」と言われた16歳年長の兄、大沢清(のち國學院大学教授)に諭されて更生し、立教大を経て南海の外野手になった。その自伝は「やんちゃ時代の自慢話」も多く、能天気な内容だった。

しかし張本勲の自伝は、過酷な差別の中で、家族の献身的な支援の下、ようやく野球で身を立てたという深刻な内容だった。

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