これに対して玉城陣営は、これまでの「オール沖縄」が事実上崩壊したことに危機感を隠せない。革新系野党3党が支援を続ける中、対応が注目されていた中道の小川淳也代表は、玉城氏へのシンパシーを表明したうえで、公明党に足並みをそろえるよう打診したが、公明党が応じなかったため、8月18日に自主投票決定という「苦渋の選択を余儀なくされた」(党幹部)。
過去2回の知事選は、県民の人気に支えられた玉城が圧勝した。選挙期間中の玉城氏の集会には、アメリカ軍普天間飛行場の移設先である名護市辺野古で抗議活動を続けるグループが集結。気勢を上げて選挙戦を盛り上げてきた。
しかし、ここ数カ月は玉城陣営の集会でも「これまでのような熱狂的な支援は目立たなくなった」(地元メディア)とされる。その背景にあるのが、今年3月に女子高校生ら2人が死亡した辺野古沖の船転覆事故の“後遺症”だ。
事故を起こした船を、玉城氏を支援する移設反対団体が運航していたことから、批判の矛先は移設反対を主導してきた玉城氏にも向けられ、事故後はSNSなどで玉城批判が急拡大した。
その一方で、辺野古移設をめぐる県内の反応は、すでに2023年から変わり始めていたのも事実。同年に、移設海域の軟弱地盤改良の設計変更をめぐる国との訴訟で、県が敗訴し、抵抗を続ける県に代わって国が設計変更を承認する「代執行」が行われた。これを受けて、県は再開した工事を止める手立てを失い、工事は着々と進み始めた。
玉城氏に迫る「3期目のジンクス」
こうした辺野古移設をめぐる環境の変化が、「今回の知事選の構図が一変した最大の要因」(政治ジャーナリスト)であることは否定しようがない。
「反辺野古」を掲げて県政を進めてきた玉城氏は今回、7つの政策の柱から「辺野古」の文字を外した。これに関して、玉城陣営の幹部は「反辺野古だけを押し出す戦略は現状とギャップがある。支援活動への風当たりも強い」と、苦しい胸の内を吐露する。
これに対して、古謝氏は「(移設は)普天間の危険性除去の方策として最も早い手段だ。政府に普天間の返還スケジュールの確定を求める」とアピール。選挙戦の主導権を握る構えだ。


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