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ライフ #再開発されない街

「東横線開通前は農村だった」「戦後からほぼ変わっていないエリアも」 渋谷から3駅なのに再開発されない街の正体

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祐天寺
渋谷から3駅6分なのに再開発されない街は、どのような街なのか?(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター
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やはり地名の由来は寺で、駅東側に「明顕山祐天寺」が存在する。祐天寺は、1718(享保3)年に祐天上人を開山と仰ぎ、弟子の祐海上人が創建した浄土宗の名刹である。

「明顕山祐天寺」。本堂などが登録有形文化財に登録されている(写真:筆者撮影)

江戸時代後期、祐天寺は将軍や大名が狩猟の際に休憩や食事をする御膳所となった。

五本木の地名は、五本の大樹があり、この地の特徴を表していたことが由来であるといわれている。

祐天寺駅周辺は、江戸・東京に農作物を供給する農村であった。

東横線開通で街が変化

農村だった祐天寺の街を変えたのは、東横線だ。1927(昭和2)年に東横線が開通し、祐天寺駅が開設されたことで宅地化が進んだ。だが、駅の開設後もしばらくは閑静な街だったようだ。当時について、下記のような記録が残っている。

「現在のみよし通りは、昔(昭和7年ごろ)煙草屋が一軒、向かい側に軒の低い間口一間、奥行二間の長屋がありましたが、あとは何もない所でした。木がいっぱいあり、暗くて電気も一燈か二燈しかなく、夜は通れないような淋しい所でした」「祐天寺の境内に公園があり天気のよい日には富士山がよく見えたというから、何もさえぎる物がなかったのでしょう」(『めぐろの昔を語る』1995.3)

「当時(昭和9年)、この辺に住んでいたのは農家の人がほとんどで、鉄道が開通し時代が変わってきた」(『あの日この顔 私たちのふるさと目黒の歩み 区制施行50周年記念写真集』1982.10)

ほぼ全域が市街化されたのは、1945(昭和20)年ごろだったようだ。

祐天寺駅は1964(昭和39)年に木造駅舎から駅ビルに姿を変え、さらに2018(平成30)年に駅がリニューアルされている。

1987(昭和62)年には祐天寺栄通り商店街が東京都のモデル商店街事業の指定を受け、商店街整備事業を実施。からくり時計や街路灯、れんが調のカラー舗道が施され、公募により商店街の愛称が「TERRA」と決められた。

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