夫にも親しい友人も、相手のことを思うと簡単には打ち明けられなかった。でも、その辛さや不安を誰にも言わずに抱え続けることは、非常に苦しみをともなった。
その頃の淳子さんにとって唯一救いになったのは、実母が明るく受け止めてくれたことだ。電話で打ち明けた時、母が「それはそれで、いいんじゃない?」と、否定的な言葉は一切言わず、淳子さんの決断に寄り添ってくれた。
こういう時、どうすれば少しでもその状況を和らげることができるのだろうか。
淳子さんに、今振り返って「もっとこうすればよかった」と思うことはあったかと尋ねてみると「考え方も、病気のケースも人それぞれですから、どうしたらいいとは、やはり簡単には言えません。すごく難しいですね。……でも、誰か一人でも信頼して話せる人がいるなら、話を聞いてもらうのはいいかもしれないですね」と答えた。
その時の決断が運命の分かれ道だった
手術を決めてから約1カ月が経ったある日、突然病院から「手術のキャンセルが出たので、今すぐ予約できますがどうしますか?」と連絡が来た。
急な出来事に心の準備が追いつかなかったし、夫にもまだ伝えられていなかった。その場では即答できず、一旦保留にしたという。そしてようやく裕己さんに、できる限り重くならないように打ち明けた。裕己さんはこの時のことを著書の中で「この先の二人の人生も短くはないだろうし、なにより妻には長生きしてほしいと思ったので(略)決断した妻に反対する理由はなかった」と書いている。
ただ、手術は予定通り半年後の日付のままでお願いすることにした。そして、この時の選択が大きく運命を変えることになる。この約3カ月後に、淳子さんは自然妊娠で息子を授かったのだ。
筋腫は妊娠に大きな影響を及ぼすこともなく、お腹の子は順調に育っていた。しかし妊婦の体は胎児を異物と認識しないよう、常に免疫力が落ちている状態になっている。コロナ禍の妊娠生活で、淳子さんも細心の注意を払っていた。にもかかわらず、妊娠7カ月の時におたふく風邪に罹ってしまった。とはいえ、妊娠中のおたふく風邪が重篤なものになる可能性は、一般的には極めて低い。
ところが、淳子さんの場合はウイルスが心臓にまで達し、劇症型の心筋炎を引き起こしてしまった。妊娠28週で緊急帝王切開し、1203gで生まれた息子はNICU(新生児集中治療室)へ、淳子さん自身はICUにて入院となった。


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