2025年7月16日、銀座数寄屋橋交差点に面した銀座ソニーパークのイベントスペースはアメリカ生まれの人気キャラクター「スヌーピー」の絵で埋め尽くされた。スヌーピーが登場するコミック『PEANUTS(ピーナッツ)』誕生75周年を記念した特別展「スヌーピーは、今日も語る。- PEANUTS 75th Anniv. - 」だ。
元『暮しの手帖』編集長の松浦弥太郎、詩人の最果タヒ、お笑い芸人で作家のラランド ニシダ、シンガー・ソングライターの青葉市子ら、気鋭の文化人がゲストキュレーターに選ばれ、思い思いに『ピーナッツ』のキャラクターを語った展示会となった。
銀座ソニーパークの前身であるソニービルが完成したのは1966年。創業から15年近くが経ち「一等地の銀座にショールームが欲しい」という井深大、盛田昭夫の要望を受け、ソニーの前身・東京通信工業からの創業メンバーで、資金繰りや資産管理を一手に引き受けていた太刀川正三郎が5年がかりで用地を買収した。
ちなみに太刀川の実家は函館で米穀・海産物を扱う大店(おおだな)で、東通工設立時には太刀川家が55%を出資している。
なぜスヌーピーだったのか
ソニービル建設には当時のソニーの資本金と同額の約32億円がつぎ込まれた。そうまでして一等地にショールームを望んだのは、井深や盛田が「ブランド」の力を正しく理解していたから。このビルには「エンタメ・ソニー」の神髄が詰まっている。
完成したソニービルの地下2階にオープンしたのが「ソニープラザ」の1号店。輸入菓子や化粧品、ステーショナリーなどを扱う「アメリカンスタイルの輸入生活雑貨店」は盛田の妻、良子のアイデアだった。良子は辞書で有名な三省堂と三省堂書店の創業家である亀井家の出身であり、文具・雑貨にはこだわりがあった。
それにしてもなぜ、スヌーピーだったのか。
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