有料会員登録 東洋経済オンラインとは
キャリア・教育

「親から捨てられて育った」朝ドラ《風、薫る》主人公の直美、明治期の日本では"珍しくなかった"その背景

7分で読める
(写真: かぷちーの / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
2/4 PAGES
3/4 PAGES
4/4 PAGES

実際の受け皿として機能したのは、石井十次の岡山孤児院に代表されるキリスト教系の民間孤児院だ。ドラマでは、直美も教会に助けられて、幼少期をなんとか乗り越えている。

だが、教会の多くは都市周辺に集中しており、地方で困窮した親子がそこにたどり着くこと自体が難しかった。

大正にかけて大幅に捨て子が減少

そんな中、明治33(1900)年の感化法、昭和4(1929)年の救護法、昭和8(1933)年の児童虐待防止法と、国の制度は少しずつ整っていく。

数字上は、こうした制度が本格的に機能する前である、明治29〜30年頃から棄児数が急減を始め、大正15(1926)年にはすでに677人まで減少している。減少の理由はまだはっきり解明されていないが、都市に出てきた人々が世代を重ねる中で、ようやく「安定した家庭」を築けるようになっていった、ともいわれている。

子育てを「国の責務」として体系的に位置づけた児童福祉法は昭和22(1947)年で、さらにその先の話となる。

朝ドラ「風、薫る」では、親に捨てられながらも、たくましく生きる直美の姿が描かれてきた。長きにわたる親探しも終えて、これからはわずかながらではあるが、母との思い出を胸に、さらに自分らしい未来へと羽ばたいていくことだろう。

史実においては、明治23(1890)年11月、大関和は帝大附属病院を退職し、新潟の女学校の舎監で働くことになる。その1年後に鈴木雅も退職の道を選ぶ。

ドラマでも新しいステージに入った2人。新天地での活躍が、これからも楽しみである。

【参考文献】
厚生労働省『平成17年版厚生労働白書』第1章第1節「地域社会の変遷」(2005年)
小峰茂之著『明治大正昭和年間に於ける親子心中の醫學的考察』(小峰研究所紀要邦文第五巻、1937年)
和田宗樹「明治大正期の親子心中の"増加"に関する考察」(『慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要』No.60、2005年)
青山誠著『大関和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(角川文庫)
田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中公文庫)
田中ひかる監修『大関和 明治のナイチンゲールたち』(平凡社)
櫻庭由紀子著『戦う白衣の天使 大関和・鈴木雅ものがたり』(内外出版社)

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

キャリア・教育

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数