こうした事件や騒動が起きるたびに、「また若いのがやらかしている」といった反応が出る。冷笑するのは簡単だが、そこで立ち止まらず教訓を得て、より良い未来につなげることが重要なのだ。
タイムラインに流れる投稿から、無意識のうちに“より良い姿であるべきだ”と刷り込まれている若年層も多い。時代の流れでルッキズムが批判される一方で、“美”の価値観は日々コロコロと変化し、より先鋭化している印象を受ける。
例えば、ここ数カ月で言えば「マンジャロ」だ。本来は糖尿病の治療薬として承認されているものだが、自由診療や個人売買で入手して、食欲を減退させる“やせ薬”としての利用を呼びかけるインフルエンサーが続出。医療関係者が問題視する一方で、まだ事態は沈静化していない。
背景には、おそらく「美への探究心」がSNSによって増幅したことがある。インスタグラムやTikTokのように写真や映像で、同年代の“成功例”とされるものを見るたび、興味はかき立てられ、購買意欲は増していく。
「あの人の推薦」が“虚像”だったとき
それに加えて、「あの人がオススメしているなら、間違いないだろう」といった、お墨付きの要素があることは否めない。悩みを解決してくれる最後の一手として、背中を押してくれる存在としてのインフルエンサーは、存在感を増している。
だが、その推薦が編集された“虚像”の上に乗っているとしたら――受け手に求められるのは、発信を鵜呑みにせず一次情報に当たる姿勢であり、それは購買でも投資判断でも変わらない。
SNSに投稿されるものは、ある程度完成された“キラキラ”でしかない。その裏側にあるドロドロした部分は、ほとんどの場合、描かれていない。つまりはヨソ行きでしかない。

