このように、SNSでの人気は、いまやビジネスの一部として組み込まれている。SNS上で直接商品を販売・宣伝する場合に限らず、「フォロワー何万人の人気タレント」などと、箔を付けるためにも重要だ。
となった時に考えられるのが、「見せるための自分」を演出しなければならない強迫観念にさいなまれている可能性だ。自らの素顔とは裏腹に、着飾ったヨソ行きの姿を作り上げて“映え”させる。その結果として、リアルな自分とのギャップが生じ、日を追うごとに拡大していく。
その結果、悲しい結末となったのが、恋愛リアリティーショー「テラスハウス」(フジテレビ、Netflix)での事案だ。2020年の同番組で、ある出演者の行動に賛否の声が上がった。そして“アンチ”による誹謗中傷が、SNSを通して本人に届くようになる。
出演者は番組制作側の意向を受けて、番組内での共同生活を行っていたとされる。なかには「やらせ」とも言える指示もあり、単なる「演出」では説明できない状況に発展。最終的に出演者が亡くなったことで、問題が表面化。フジテレビは責任を問われる事態となった。
明るい「素直な子」ほど、ひずみをためこむ
テラスハウスの件と、今回の薬物事案は、同一に語れるものではない。ただし、“大人による強要”がなくとも、「こうすれば大人が喜ぶ」と、自主的に振る舞う若年層がいてもおかしくない。
よく言えば「空気が読める」、悪く言えば「空気を読みすぎる」。この場にふさわしい、自分に求められている役割を察知して、その“あるべき姿”に忠実であり続ける。表面上は「明るく振る舞う素直な子」にしか見えないだろう。
しかしながら、時が進むにつれて「憧れの存在で居続ける」「本来とかけ離れた自分を演じる必要がある」などの葛藤にさいなまれる。そして、その差が広がれば広がるほど、どこかにひずみが生じる。
そうした重圧に苦しむ「イマドキのZ世代」は、少なくないのではないか。仮にそうだとすれば、行きすぎた逃避行動を取る前に、なんとか気づく必要があるのではないだろうか――などと、老婆心ながら感じてしまうのである。

