1本の電話が人生を変えることもある。シンガー・ソングライターの小椋佳は、まだ無名だったとき、歌人で劇作家の寺山修司作のミュージカルを見て感動し、劇場の外の電話ボックスで電話帳を引き、寺山に電話した。それがきっかけで交流が始まり、寺山が作詞した歌をまとめた『初恋地獄篇』というレコードが出るとき、小椋も2曲ほど歌った。
それを聴いた多賀英典というレコード会社のディレクターが、この小椋佳という男は、寺山修司の知り合いだから、きっと美輪明宏のような美形で、15、16歳の美少年にちがいないと思い込んで、どこの誰なのか、ずいぶん苦労して探したらしい。ついに見つけた小椋佳は、25歳の銀行員で妻子持ち。外見も容姿端麗ではなかった。多賀は自分のほうから声をかけておきながら、どう断ろうかと心の中で思っていたそうだ。しかし、小椋の作った歌を聴き、「君の曲が欲しい。でも、君はいらないんだけど」と言ったのだ。
多賀は、小椋の曲を歌うのにふさわしい美少年を探したが、なかなか見つからなかった。けっきょく、小椋自身の歌でレコードを出すことにし、若手映画俳優の語りも足して、小椋の顔写真は前面に出さないことにした。それでも重役会議で反対され、お蔵入りに。なんとしても出そうとした多賀は、ディレクター職を降ろされて、一時大阪の営業員に回されてしまう。
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