今もほとんど変わらない教室風景、50年前からリニューアルされていない学校の標準服や学校指定の上履きなど。「子どもたちはランドセルを背負って昭和へとタイムスリップしている」というネットの書き込みを見てうなずくしかないことが、まだまだあります。
学校が愛してやまない「守」の呪縛
前置きが長くなりました。変わらない学校の中で、変わらず大事にされている言葉の1つに「守破離」があります。
ご存じの通りこれは茶道や武道、伝統芸能などの修行のプロセスと成長段階を現した言葉で、まずは基本や師の教えを忠実に守り、身体化するまで繰り返し、会得する。そこからの応用、発展を経て独自のスタイルを確立しましょうということで、最終的には型を離れてオリジナルを創るのが完成形。
基本が不十分なのに自分のやりかたを押し通すと「形無し」、型を十分に習得したうえで自分なりのスタイルを作ることを「型破り」と言うと何度も耳にしました。
ひいらぎさんの学校の校長先生も同様のお考えなのかな、と勝手に想像しています。確かに守破離は、習得において理にかなっている。けれども一方で、学校は「守」に重きを置きすぎではないか、と感じます。

