今回登場するのは、藤井基生さん。鹿児島の名門高校を出て医学部を目指し4年浪人。諦めて横浜国立大学理工学部に進学したものの4回留年し、中退。現在は無職で、簿記の勉強を細々と続けている。それでも、なお父から「医者になれ」と言われ続けているという。
父は鹿児島の医師
藤井基生さんは鹿児島県鹿児島市に生まれた。父は地元で開業する医師、兄もまた医学部に進学している。家族の会話の中で、「医師になる」という未来は、ごく自然に共有されていた。
しかし、家庭から強い圧をかけられていた、という単純な構図ではない。父との関係は、長らく良好だった。旅行に出かけることもあった。家の空気としての「医者になる」が、ただ静かにそこにあった、というほうが近い。
藤井少年は3人兄弟の次男。家にはすでに先を歩く兄がいて、同じ塾、同じ進学校という見えないレールに、彼もまた自然に乗っていく。
特別な教育を受けたわけではない。家には本があり、書斎があり、勉強する環境はすべて揃っていた。得意科目は数学。読書では、人間が地球を汚してしまう、というテーマの社会派絵本がお気に入りでずっと読んでいたそうだ。要領が良く、学年でつねにトップ。中学校では学年5番以内。
それも、ほぼ勉強せずにそれだったという。
「家では本当にマジで、勉強とかはしていませんでした。一応塾には行っていたんですけど、そこだけ」
塾に行くこと自体は嫌だったが、行ってさえいればテストの点数は勝手についてきた。だが家ではまったく勉強していなかったし、宿題の提出も毎回滞っていたそうだ。
その塾でも休み時間には友達とカードゲームで遊んでいたし、提出物の提出も全然できていなかったという。
「中学のとき、数学の先生から『藤井は提出物さえ出せれば完璧なのに』って、めちゃくちゃ言われていました」
それでも成績は文句のつけようがない。彼はそのまま県内2位の進学校である鶴丸高校に合格した。

