最も関心を集めているのが龍谷大学(京都市)所蔵の遺墨、「獨立」だ。もともとは安重根が旅順監獄に収監されていた際、彼の身の回りの世話をしていた日本人看守の設楽(しだら)正雄に渡された。正雄は、日本に持ち帰り保管していた。
安重根の遺墨の多くは古典や漢詩の一節を題材にしているが、唯一「獨立」は政治的メッセージを表現している。韓国では「朝鮮独立への意志を象徴する遺墨」として特別視されている。
「獨立」をめぐる攻防
この「獨立」については、韓国の公共放送KBSとノンフィクション作家の斎藤充功が共同取材の過程で発見した。設楽正雄の息子である正純(故人)は2000年、ソウルで記者会見し、長い間、この遺墨の存在を明らかにしなかったことについて「大切に保存してきたが、その気持ちが伝わるか心配だった」と語った。安重根の生まれ故郷である北朝鮮の人にも見てほしいと述べ、積極的に公開していくことを約束し、その旨を書面でも残している。
遺墨「獨立」の所有権者の設楽正純(故人)が残した書類、遺墨の扱いを記している(写真:金光萬提供)
しかし、韓国側は安重根義士記念館(ソウル)や、独立記念館(天安市)、さらに首都圏にある京畿道(県に相当)が建設を計画している「平和センター」(仮称)などが競い合うように遺墨の購入や展示を行っているのが実状で、やや混乱気味だ。
「獨立」を保存している龍谷大学の図書館は筆者の問い合わせに対し、「取り扱いについては、寄託者の意向に添って対応している」と回答した。過去には寄託者の同意を得て、大韓民国歴史博物館に現物を貸与(2024~25年)したこともある。大学内では毎年、図書館内でレプリカを使用しての展示を行い、授業でも活用している。韓国の大学等の要請にもとづき「獨立」の実物の見学を受け入れたこともあるという。
一方、遺墨の所有権者である正純の遺族は、韓国側に所有権を渡すことは考えておらず、日本での保存を望んでいるとされ、「故国に里帰りを」という韓国側の思いは空回りしている。
「獨立」の遺墨発見に関わったKBS元研究員の金光萬(キム・グァンマン)は、筆者に対し「遺墨の所有者は孫世代となっており、安重根や当時の日韓関係さえもわからなくなっている。このため遺墨は各地に散在したまま、放置されている」と現状を嘆く。
そのうえで「現在の韓国は、安重根の遺墨を適切に保存・展示できる環境を備えている。安重根の精神と、それを守ってきた日本人の心が総合的に集約され、日韓関係のより良い未来や連帯へと昇華できるのではないか」と語り、遺墨「獨立」の韓国での常設展示を望んだ。

