というわけで私は、茶道体験やら何やらの日本観光をすませたあと日本の首相に会えるのを楽しみにしている、仲睦まじい退職者夫婦のことまで考えなくてはいけなくなった。外交官時代を通じても、会談の場にパパやママを連れてくる首脳なんて、見たことがない。この突拍子もない要望にどう対処したものか、途方に暮れた。
親友のベックに電話で相談してみることにした。ベックは国際司法裁判所での勤務経験がある。首脳会談に家族を連れてきた人も見たことがあるから、シェリルのご両親、アデルとジョエルをこっそり会場に入れてしまえばいいのよとベックは言った。家族を連れてきた人って誰なのと私は尋ねた。
「ロバート・ムガベ大統領。あの人が公的な会議に家族を連れてくるなんて日常茶飯事よ」ベックは笑いながら言った。私は大惨事になりそうだと観念し、肩を落として電話を切った。幸い、「首相との面会にご両親を同席させることはできません」と首相官邸からきっぱり断られた。シェリルはしぶしぶそれを受け入れた。
部屋の前で日本人女性が泣いていた理由
おそらく私は、不吉な予感を裏づける証拠を先回りして探していたのだろう。首相との面会当日の朝、シェリルが滞在しているザ・リッツ・カールトンのスイートルームに行ってみると、完璧なメイクにしゃれた服装をした目をみはるほど美しい日本人女性が、ドアの前で声を立てずに泣いていた。
「あの、大丈夫ですか」私はおずおずと声をかけた。
女性はうなずいた。頰を濡らす涙が、なぜかその人をますます美しく見せていた。そこにデビーがスイートルームからあわてた様子で飛び出してきて、私を引き寄せた。
「私ならいまは入らないわね」
「どうして?」
「部屋に入ろうとしてたんでしょ?」
「ええ、まあーー何かあったの?」
「ヘアメイクに大問題発生中」
「ドアの前で泣いている女性ーーあの人がメイクさん?」
「そう。メイクは大失敗で、髪のセットも見られたものじゃないの。いえ、傍はため目にはどこもおかしくないんだけど、シェリルが気に入らなくて。シェリルの意向をうまく通訳してもらえなかったのかしらね。爆発寸前よ」
「シェリルの頭が?」私は冗談を言った。デビーは笑わなかった。
「最悪。文化の違いが原因?」私は訊いた。「たとえば、メイクさんが考える“西洋女性が好きそうなメイク”をされちゃったとか? 80年代風とか、その手の。でも、まだ時間はたっぷりある。別の人を手配できない?」

