「こんなことを書いたら、誰かに何か言われるんじゃないか」
文章を書く手が止まってしまうとき、あなたの脳内には厳しい検閲官がいます。でも、少し胸に手を当てて考えてみてください。
誰かの顔色をうかがって書くことは、自由と言えるでしょうか?
誤解③角が立つことは書いてはいけない
30年間「いい子」を演じてきた人の文章は、30秒で読み飛ばされます。なぜなら、八方美人な言葉は、誰の心にも刺さらないからです。誰の心にも刺さらない言葉に、誰かの人生を動かす力はありません。
子どもの頃、私たちは大人に褒められるために「いい子」を演じ、大人が喜ぶような作文を書きました。本当は違うことを感じていても、波風の立たない結論にまとめたことがあるはずです。
あなたが「角が立つかな」と削ったその一行こそ、本当は読者の心に残るたった一行だったかもしれない。いい子の作文は、安全と引き換えに、読まれる力を捨てているのです。
誤解その④書くことで、誰かの期待に応えないといけない
書くことは、精神的な自立宣言です。もう、誰かの期待に応え続ける「いい子」でいる必要はありません。他人の承認と切り離して、自分の本音を書けたとき、言葉には初めて命が宿ります。書く時間だけは、他人の価値観より自分の心を前に置くのです。
誰かの顔色うかがいを卒業すること。それが、最強の「書く自由」を手に入れる近道です。あなた自身のために書く喜びを取り戻しましょう。
ドライバー(発信者)は傷つかない
「発信したときに誰かに悪く言われるのが怖い」という恐怖心はありませんか?
やさしい人ほど、他人の言葉を真に受けてしまいます。
たった一件の批判で、全人格を否定されたように感じてしまうのです。
心理学では、これを「スポットライト効果」と呼びます。私たちは「みんなが自分を見ている」と思い込みがちですが、実際にはほとんどの人はあなたのことなど気にしていません。一つのネガティブコメントが世界の声だと感じてしまうのは、この錯覚のせいなのです。

